2006.01.17

何だかうれしい

遅くなりましたが、今年、最初の書き込みはうれしいNEWSで。

第134回芥川賞が絲山秋子さんの「沖で待つ」に決定したそうだ。「袋小路の男」で、目を付けていた作家さんだけに、何だかうれしい。いやぁ、うれしいうれしい。…ハハハ。候補者の中では、松尾スズキばっかりが注目されていたので、余計にうれしい。ハハハ。

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2005.04.05

2005年本屋大賞

ちょいといろいろありましてなかなか更新ができておりませんが、もうしばらくしたら通常更新を再開したいと思っております。

さて、今年の本屋大賞が発表されました。公式サイトの写真、ブレていますが、そんなことはさておき、なんで直木賞にノミネートもされないのさ…と言われていたこの作品が受賞したようですね。いやはや、うれしいうれしい。未読の方は、ダマされたと思って、読んでおくんなまし。10代の頃に感じたいろいろなものがギュッと詰まっていますよ!

本屋大賞 2005
本の雑誌編集部編

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2005.02.21

ふしぎな図書館

fusigi

「新潮」3月号に掲載されている短編「偶然の旅人(東京奇譚集1)」の冒頭で、作者の村上春樹がひょっこり顔を出してきたので、ビックリした。顔を出した理由については、本人の口からこんな風に語られる。

過去に僕の身に起こったいくつかの「不思議な出来事」について、じかに語っておいた方が良いだろうと思ったからだ。

村上春樹自身に起きた「不思議な出来事」には大きく2種類ある。

(1)人生に多少なりとも変更をもたらすことになった出来事
(2)それによって人生がとくに影響を受けることはなかった出来事

そんな前置きをした上で、「偶然の旅人」の前口上として披露されるのは、(2)のタイプの「不思議な出来事」が2つ。共にジャズについてのハナシで、そういうこともあるんだぁ…と、しみじみ味わい深い“村上春樹らしい”エピソードである。

さて、ここでの本題は「ふしぎな図書館」。この「偶然の旅人」を読んだ直後だったためか、ちょっと深読みをしてしまった。というか、「こうやって読んだらより楽しいんじゃないか?」という読み方を見つけたのだ。既に誰かが指摘しているかもしれないけれど、「ふしぎな図書館」は、若き日の村上春樹自身に起きた出来事、すなわち、(1)のタイプの「不思議な出来事」なのではないだろうか、ということである。

いや、こんなこと(「ふしぎな図書館」のような出来事)が現実に起きるハズはない。分かっている。けど、そう思って読むと、より一層おもしろいじゃないか。そもそも「ふしぎな図書館」の元ネタは、「カンガルー日和」に収められている「図書館奇譚」。「東京奇譚集」と「図書館奇譚」、「ふしぎな図書館」と「不思議な出来事」。同じ時期に書店に並んでいるのだから、無関係なハズはない。どうだろう? いや、そう思っておこう。ダメ押しで、もう1文だけ「偶然の旅人」から引用しておく。

どうやら小説家だからというだけで、僕が口にする(書き記す)話はみんな多かれ少なかれ「作り話」であると見なされてしまうらしい。

「ふしぎな図書館」は、オスマントルコ帝国の税金のあつめ方について調べようとしていた「ぼく」が、図書館の地下室に閉じこめられてしまうハナシ。そこから逃げないと、脳みそを吸われてしまう。はたして脱出できるか…。ま、短いハナシなので、ストーリーを細かく説明するのはやめておくけれど、「ふしぎな図書館」は、「ぼく」の身に起きた「不思議な出来事」についてのハナシだ。

もう1つ。「トニー滝谷」との類似点も見逃せない。それはラスト。主人公が共に絶対的な孤独状態に置かれて物語は終わる。静かな世界にたった1人ぼっち。これまた異なるタイプのハナシなのだけど、「ふしぎな図書館」と「トニー滝谷」の読後感は不思議と似ている。

それにしても、毛虫壺。考えるだけで寒気がする。

ふしぎな図書館
村上春樹文・佐々木マキ絵
カンガルー日和(講談社文庫)
村上春樹〔著〕

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2005.02.04

ヒッチコック万歳!

HITCH

つい先日、DVDで元祖「ヒッチコック劇場」を見て以来、ヒッチコックの映画を見たくて見たくてたまらない病にかかってしまった。再発だ。十数年ぶりのヒッチコック熱。四六時中、ヒッチコックのことばかりを考えている。

小学生の頃だったか中学生の頃だったかすっかり忘れてしまったが、テレビ東京で「ヒッチコック劇場(新ヒッチコック劇場)」が放映されていた時期と同じ頃だったと思う。淀川長治の「日曜洋画劇場」でヒッチコックの映画が毎週のようにかかっていた。ヒッチコックが好きになったのはこの時期から。「裏窓」とか「めまい」とか「ハリーの災難」とか。日曜日が楽しみで楽しみでならなかった。何て面白いんだろうと思った。

例えば、今、HMVなどのCDショップに足を運ぶと、ヒッチコック映画のDVDが格安で売られていたりする。おかげで、物欲を刺激されまくり(HMVのサイトにて「Hitchcock」でキーワード検索してみるとたくさん出てきます)。何を隠そう、実は密かにコンプリートをたくらんでいるのだが、同じ作品が異なる値段で売られていたりするから油断は禁物だ。できるだけ安くコンプリートしたい。が、セルDVDというのは、機を逸すると、なかなか手に入らなくなるのを知っている。そうそう迷ってもいられない。「1枚買って1枚もらえる」シリーズで2,999円で売られていたかと思うと、同じ作品が990円で売られていたりするからムズカシイ。いやはや。

それはさておき、晶文社から刊行が始まった「植草甚一スクラップ・ブック」シリーズ。その第2巻のタイトルは「ヒッチコック万歳!」。こんな素敵なタイトルの本は、読まずにはいられない。ヒッチコックがどんなにエライ監督なのかを、植草甚一が愛情たっぷりに紹介したスバラシイ1冊だ。巻末にヒッチコック映画のリストが載っているのだけど、しめしめ、見たことのない作品がたっぷりある。楽しみが急に増えた気分になって、とにかくうれしい。

読むと「映画を見たくなる」という部分は重要だ。映画についての本なら、読んで見たくならないと魅力はないと言っても良い。本についての本なら読書欲を、音楽についての本なら音楽欲(←こんな言葉あるか?)を刺激してほしいのだ。それと同じ。で、「ヒッチコック万歳!」を読むと、無性にヒッチコック映画を見たくなる。スバラシイじゃないか。ついでにトリュフォーを見たくなる。さらにいえば、同時期に撮られた名作をたくさん見たくなる。物欲(DVDを買いたくなる)もかきたてられる。

例えば、警察と警察官が嫌いで、なおかつ卵が嫌いというエピソードが繰り返し紹介されている。ヒッチコックにまつわるただのハナシではない。それを読むと、よりヒッチコック映画が楽しめるように紹介されているのだ。だから、ストーリーを知っている作品でも、瞬きをせずにもう一度見たくなる。

植草甚一自身によるヒッチコックのインタビューも載っている。「人を驚かすご趣味はいつごろから?」と聞くと、ヒッチコックはこんな風に答える。

わしは実を言うと大変臆病なんである。(笑)従って小さいときから他人に驚かされつづけていたから、いまその仕返しをしているといえるかもしれない。

「嗚呼、ヒッチコックだなぁ」と、うれしくなってしまうやりとりじゃないか。

とにもかくもだ。この本を読んだら、何よりもイギリス時代のヒッチコック作品を見たくなってしまった。で、運良くというか、運悪くというか、今、「ヒッチコック英国劇場」と題されたDVD-BOXが売られている。この機会を逃したら絶対に後悔すると自分に言い聞かせ、あまり悩まずに購入してしまったが、散財がしばらく続きそうだ。

ヒッチコック万歳!(植草甚一スクラップ・ブック 2)
植草甚一著

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2005.02.01

白蛇教異端審問

hakuja

こきおろしのための文章に何の意味があるのだろう。そう思うことが時々ある。気にくわないのなら、はなから取り扱わなければ良いのに、ダメな理由だけを揚げ足取りのように書きつらねる。ホント、何の意味があるのだろう。受け手の1人として、そういう書評や映画評に出会うとガッカリする。私が好きな書評や映画評に共通しているのは「愛」。作家あるいは作品に対する愛が感じられるかどうか…それに尽きると言ってもよい。いってしまえば、愛があった上でのダメ出しならぜんぜんOKだ。

私は桐野夏生の作品をすべて読んでいるわけではないが、この「白蛇教異端審問」を読んで、今後はできる限りチェックしていきたい…という思いが強くなった。エラそうな言い方になってしまうが、「全面的に信頼してもいい」と思ったのだ。この本から伝わってくる桐野夏生の怒りは、小説や言葉に対する「愛」があってのもの。自分の文章に対して責任を持って仕事をしているのがよ~く分かる。私はこういう作家が大好きだ。プロなんだからそんなの当たり前じゃん…と思うかもしれないけれど、こういう風に感じさせてくれる作家は意外と少ない。

矢でも鉄砲でも飛んでこい
胸くその悪い男や女の前に
芙美子さんの腸を見せてやりたい

ラストに収録されているエッセイ(その名も「白蛇教異端審問」)の冒頭で紹介されているのが、林芙美子のこんな詩。桐野夏生は「腹を括って物を書くというのは、概ねこんな気分に近い」という。このエッセイで書かれているのは、腹を括っていない無責任な書き手に対する諦めに近い怒り。白蛇教とは「表現に命を懸ける者たちが信ずる宗教」のこと。「新潮45」に掲載された自作についての匿名批評やある書評家による揚げ足取り的批評に対して、小説の力、言葉の力を信じているからこそ、怒りが収まらない。一読の価値がある文章だと思う。

「白蛇教異端審問」は、桐野夏生にとって初のエッセイ集だそうだ。もともと興味のある作家ではあったけど、購入の決め手になったのは、森達也の「A」やサム・ペキンパーの「ガルシアの首」について書かれているのを見付けたから。意外なところで意外な名前が出てきて、うれしくなってしまったというわけだ。この本の中で、女子プロレスラー、北斗晶の「北斗晶自叙伝」についての書評が載っている。これこそ「愛」のある書評の見本ではないだろうか。普段は興味のないプロレスだが、私はこの本をメチャクチャ読みたくなってしまった。

白蛇教異端審問
桐野夏生

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2005.01.20

赤い長靴

akai

キャリアが長い女流作家というのは、どうしてこんなにも「うまい」のだろう。安心して読める。そして、どうしてこんなにも人間観察が鋭いのだろう。ちょっとした言葉に、思わずドキッとする。2~3年振りだろうか、江國香織を読むのは。

先日、読んだ絲山秋子の短編集「袋小路の男」は、うまいなぁって思うと同時に、新人作家ゆえの「若いなぁ(青いなぁ)」って感じもあったりする。例えば、表題作とその後日談「小田切孝の言い訳」では登場人物の描き方が変わる。正直に言うと、私は表題作と同じ描き方の「小田切孝の言い訳」を読みたかった(それは、表題作があまりにもしっくりきたから…)。だからというわけではないが、絲山秋子に対しては、もっともっとすごい小説を書くんだろうなぁという予感みたなものがあると同時に、この作品(袋小路の男)が到達点であってはほしくないなぁ…という「どこか安心し切れない感じ」もある(ま、言ってしまえば、この安心し切れない感じも魅力ではあるのだが…)。

江國香織の作品を安心して読めるのは、そういう時期を既に通り過ぎて、小説で描かれる世界が、自分のものとしてしっかりと確立しているからだ。日常の中に潜むちょっとした「不安さ」「危うさ」を描いていながら、小説としては全く揺るぎがない。うまいなぁと思う。

「赤い長靴」は、全14作からなる連作短編集。描かれているのは結婚10年目を迎える妻・日和子と夫・逍三の日常。ホント、特殊な出来事は全く描かれていない。例えば「今日はどんな1日だった?」と聞いたら、そのまま答として返ってきそうな日常。

この小説の中で、日和子からの一方通行な会話が繰り返し描かれている。2人の会話はなかなかかみ合わないのだが、そこで問題になるは、会話の内容そのものではなく、逍三の反応の仕方。いや、だいたいにおいて日常会話の内容になんかそれほど意味はないだろう。ようは相手の反応の仕方に一喜一憂する(したい)のである。で、同じ反応の仕方であっても、時にイライラしたり、時に幸せな気分になったりするから面白い。これこそが日常の面白さ。で、それがちゃんと描かれているから、うれしくなるのだ。結婚10年目、小さなスレ違いの連続。しかし、そこにある妙な安心感。

例えば、日和子が逍三に対してさんざんしゃべった後にいう、こんなセリフにドキッとする。

聞いてないのね?

…聞いてるってば! 思わずそう答えたくなる。「赤い長靴」の中で描かれているのは、誰もが今まさにどっぷり浸かっている日常そのもの。何気ないひと言、何気ない仕草から生まれてくる“感情(の変化)”。で、「その気持ち分かるなぁ」と共感すると、それがそのまま自分自身の日常に直結してくるだけに、ドキッとするわけだ。そう考えると、見透かされてるようで、う~ん、恐るべし江國香織。


赤い長靴
江国香織著

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2005.01.13

いのちの食べかた

inoti

理論社から刊行が始まった「よりみちパン!セ」シリーズ。中学生以上を対象としたYA(ヤングアダルト)向けの新書で、今後の刊行予定も含めて、著者を見てみると、なかなか興味深いラインナップだ。気になるところをあげていくと、重松清「みんなのなやみ」小熊英二「日本という国」北尾トロ「気分はもう、裁判長」…。そんな中、昨年の後半から気になって仕方がない森達也の著書もラインナップされていて、それが「いのち食べかた」。ここにきて、いろいろなところで取り上げられているけれど(「本の雑誌」最新号でも取り上げられていた)、いやぁ、理論社いいぞ! 森達也いいぞ! …と声を出して言いたくなる1冊。100%ORANGEの表紙も手に取りやすくて好印象。

「いのちの食べかた」。表紙を見て、タイトルを見て、勘のいい人なら、きっとどんなテーマの本なのか想像できるハズ。じゃ、考えてみよう。制限時間は20秒。

…と、ちょっと真似て書いてみたけれど、ようは、スーパーなどに並んでいるお肉は、どのような過程を経てそこに並んでいるのか…を掘り下げていく1冊。その過程で、どうしても避けることができない問題(同和問題など)を取り上げつつ、例えば、差別が差別を生むからくりを分かりやすく説明してくれる。森達也を読みたくなるのは、これらの問題を決して特殊なものとしては扱わずに、例えば、戦争が起きたりするのも根は同じところにあるとする姿勢が貫かれているところだ。「いのちの食べかた」でも、それは変わらない。

普段、何気なく食べているお肉。何も考えずに胃袋の中に入れるのではなく、ちょっと考えて、ちょっと調べてみる。それだけでも、いろいろ分かるし、多くのことを感じるわけだが、きっと、この「感じる」という部分が、人間らしく生きる上で必要なことなんだろうなって思うのだ。生きていることそのものが、そもそも誰かを傷つけていること…とする森達也は、だからこそ「考えること」が大切だと言う。考えないことには、何かを感じ取ることなどできない。「いのちの食べかた」は、森達也のフィルターを通したものの見方。随所に「制限時間は○○秒」というフレーズが出てくるのは、読者に「まずは自分で考えるのが大切であること」を伝えるため。シンプルで分かり切ったことかもしれないけれど、油断していると、ついつい思考を停止してしまうものだ。だからこそ、森達也のメッセージが重くのしかかってくる。

ここでは引用しないが、この本の中で引用されている、だまされることの責任について書かれた伊丹万作(伊丹十三のお父さん)の文章が印象に残る。

いのちの食べかた(よりみちパン!セ 03)
森達也著・100%Orange装画・挿画

出版社 理論社
発売日 2004.11
価格  ¥ 1,050(¥ 1,000)
ISBN  465207803X

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2005.01.07

袋小路の男

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「どんな映画が好き?」と聞かれたら、「何も起きない映画」と答えることにしている。いや、何も起きない映画なんて本当は存在しない(たぶん)。けど、それをいちいち説明するのは面倒なので、「何も起きない映画」と答えている。本当は「いろいろなことが起きる映画」が好きなのだ。他人から見れば、ただの平坦にしか見えない小さな心の振幅だって、本人にとってみれば、天地がひっくり返るくらい大きな出来事かもしれない。何かが起きているのである。ようは、そういうことを感じとれる映画が好きなのだ。けど、今回は映画のハナシではない。

袋小路の男
糸山秋子著

出版社 講談社
発売日 2004.10
価格  ¥ 1,365(¥ 1,300)
ISBN  4062126184

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素敵な小説だ。ずいぶん前から気になっていたんだけど、絲山秋子を読んだのは今回が初めて。「袋小路の男」は、表題作の他、「小田切孝の言い訳」「アーリオ オーリオ」の3編が収められた短編集。劇的な事件が起きるわけではなく、描かれているのはごく普通の日常、どこにでもいそうな人たちの普通の心情だ。言ってみれば地味。でも、それをグイグイ読ませる。

表題作は、袋小路に住む「あなた」を思い続けた「わたし」の12年間のハナシ。それ以上でもなく、それ以下でもなく、ひたすら「あなた」を思い続ける。決して波瀾万丈の人生ではなく、赤の他人から見れば、メチャクチャ小さな心の振幅が連続する日々。グイグイ読めるのは、そんな小さな心の振幅が、ある時は事件として、ある時はかけがいのない大切なものとして描かれているから。分かるんだよなぁ、こういう感じって。小さな心の振幅を大切にしている作家は全面的に信頼しても良い。読んでいると、もどかしく感じる人がいるかもしれないけれど、私なんぞは、みんなも、意外とこんな感じなんじゃないかなって思っていたりもする。何か思いを秘めているというか。とにもかくにも、どこにもでもいそうな普通の人の心情が、こんな風に素敵に描かれていると、たまらなくうれしくなる。

ちょっと長い引用になるけれど、例えば、こんなフレーズがいい。

出会ってから十二年がたって、私達は指1本触れたことがない。厳密にいえば、割り勘のお釣りのやりとりで中指が触れてしびれたことがあるくらい。手の中に転がりこんできた十円玉の温度で、あなたの手があたたかいことを知った。

ホント、それ以上でも、それ以下でもないんだけど、しっかり読ませるのだ。読後感も良い。す~っと心に染みこんでくる。

「袋小路の男」は、第30回川端康成文学賞を受賞した作品。読んだことのない作家の本を手に取る時、ひとつの目安にしているのが、何か賞を取っているかどうか。ツマラナイ作品に賞を上げることは考えられないので、外れる可能性が少ないというわけ。今回も、この本を手に取る最終的なきっかけは、賞を取っていることだったりする。で、大当たり!

表題作の続編「小田切孝の言い訳」もいい雰囲気のハナシだし、中年(?)と中学生との交流を描いた「アーリオ オーリオ」もナイス。思わず夜空を見上げたくなる短編で、久しぶりにプラネタリウムに行きたくなってきた。

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2005.01.03

キノベス2004

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紀伊國屋書店で見つけた小冊子「キノベス2004」。紀伊國屋書店のスタッフが選んだ面白本ベスト30が紹介されているのだけど、1位は「本の雑誌」のベスト10と同じ。ランクインしている本の多くは、2004年に話題になった本なので、それほど目新しさはないけれど、こういう小冊子はうれしいなぁ。だって、本をたくさん読みたくなるから。紀伊國屋書店はエライ!

面白かったのは「思えば、予告編が好きだった」で始まる恩田陸の特別寄稿。ゴールデン洋画劇場などの番組の最後で、2か月分の放送予定を一気に紹介することがあるけれど、それを見ている時が最もワクワクしたという話。分かるなぁ。私も金曜ロードショーで「刑事コロンボ」の予告を見るのが大好きだだったし…。そういえば、恩田陸の小説を読んでいると、ときどき壮大な予告編を読んでいるように感じることも…。

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2004.12.31

勝手にベスト10【読書編】

大晦日ということで1年を振り返る企画第3弾。独断と偏見の2004年ベスト10、読書編です。一部、昨年リリースの作品が入っていたりしますが、その辺はご了承を…。

刑事コロンボ完全事件ファイル


出版社 宝島社
発売日 2004.03
価格  ¥ 1,500(¥ 1,429)
ISBN  4796639276

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●1位:刑事コロンボ完全事件ファイル/別冊宝島
今年イチバン夢中になって読んだ本はコレです。クラシックコロンボを愛してやまない方は必読。
●2位:猫にかまけて/町田康
もっともっと評価されていい1冊。ただの猫本だと思っている方は、ダマされたと思って読んでみる価値アリ。
●3位:旅をする裸の眼/多和田葉子
待っていただけありました。「容疑者の夜行列車」でやられた方は、この本でもきっと陶酔できるハズ。
●4位:夕凪の街 桜の国/こうの史代
12月に入っていろいろなところで話題になっていますが、やっぱり外せません。映画「父と暮せば」とセットでぜひ。
●5位:夜のピクニック/恩田陸
多くの人にすすめたい青春小説の傑作。ただ歩くだけの小説なのに、いろいろなものが詰まっています。
●6位:チェチェン やめられない戦争/アンナ・ポリトコフスカヤ
イラクやチェチェンがこんな状況だからこそ読んでおくべき1冊。アンナ・ポリトコフスカヤを応援したいと思います。
●7位:世界のすべての七月/ティム・オブライエン
「本当の戦争の話をしよう」のティム・オブライエンの新作。ベトナム戦争時代に青春時代を過ごした人たち30年後。
●8位:アフターダーク/村上春樹
やっぱり村上春樹の新作は何よりも優先して読みたくなってしまうんですよね。次の長編が楽しみ。
●9位:戦争の世紀を超えて/森達也・姜尚中
森達也はたくさん読みました。すべてランクインさせたかったのですが、あえてあげるならコレ。感想は後日。
●10位:茶色の朝/フランクパヴロフ
ニュースを見ていると、「嗚呼、茶色くなっているなぁ」って感じることがあります。昨年の本ですが、ランクイン。

……てな感じですが、つい先日、読み終えた打海文三「裸者と裸者」や絲山秋子「袋小路の男」もなかなか印象深い作品。後日、じわじわくる可能性があります。町田康は「パンク侍、斬られて候」もランクインさせたかったのですが、こちらはいろいろなところで評価されているようなので、あえて「猫かま」にしました。

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2004.12.30

白菜のなぞ

白菜のなぞ(平凡社ライブラリー 447)
板倉聖宣著

出版社 平凡社
発売日 2002.10
価格  ¥ 945(¥ 900)
ISBN  4582764479

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年末なので、楽しい本を。北村薫の「ミステリ十二か月」の中で取り上げられていた板倉聖宣の「白菜のなぞ」。コレがメチャクチャ楽しい“ミステリー”なのだ。ミステリーとはいっても小説ではなくて、分類するなら学術書(?)。ようは日本における白菜のルーツを探った研究本なんだけど、板倉聖宣の語り口が、白菜をナゾに満ちたミステリアスな存在にしている。いやぁ、面白い。白菜のルーツを調べていくと、ナゾがナゾを呼ぶ。それゆえにページをめくる手も止まらなくなるという次第。

ナゾ、それはすなわち歴史。例えば、大陸から種を取り寄せて、日本で育ててみたもののなかなか「結球」しない。なぜか? また、日本に白菜が根付くようになったのには戦争がかかわっているのを、この本を通じて知ったりもする。とにもかくにも、たかが白菜、されど白菜。実に奥が深い。

しかし、きっと白菜だけではない。普段、私たちが接しているものの多くに、たくさんのナゾが詰まっている。そういう風に思えるのも、この本の魅力。例えば、このテキストを打っているキーボードにも、入力したテキストが表示される液晶モニターにも、私の机の左手側にあるへルシア緑茶にも、目の前にある一味唐辛子にも、今朝、食べたミラノサンドBにも、きっときっとたくさんのナゾが詰まっているのだ。で、そんな風に思うと、ワクワクしてくる。日常がワンダーランド。素敵じゃないか!

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2004.12.24

おすすめ文庫王国2004年度版

おすすめ文庫王国 2004年度版
本の雑誌編集部編

出版社 本の雑誌社
発売日 2004.12
価格  ¥ 735(¥ 700)
ISBN  4860110404

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毎年、楽しみにしている本の雑誌増刊「おすすめ文庫王国2004年度版」。やっぱ、メチャクチャ面白いよ。思わず、本家の「本の雑誌」よりも夢中になって読んでしまった。普段、文庫の新刊はあまりチェックしていないので、いろいろと発見がある。にしても、面白そうな本、読むべき本が、こんなにたくさんあるとはいやはやオソロシイ。

興味深かったのは、ジュンク堂書店池袋本店とブックファースト渋谷店の文庫売上ベスト100。まず、売れる文庫本が店によってこんなにも違うのかとビックリ。で、ジュンク堂書店の売り上げ1位の文庫本にもビックリ。両店の店員対談で興味深かったのは、宮部みゆきの「理由」の売れ方について。「理由」には、新潮社版と朝日新聞社版の2種類があるんだけど、2つを並べると、片方はよく売れるのに、片方はあまり売れないそうなのだ。不思議だなぁ。確かに、表紙は売れている方が私も好きなんだけど…。

理由(新潮文庫)
宮部みゆき著
理由(朝日文庫)
宮部みゆき著

あと、昨年、本屋大賞を受賞した「博士の愛した数式」の著者、小川洋子の文庫本が増刷に増刷を重ねたというハナシも興味深い。面白い本は世の中に山ほどあるんだけど、それが売れるには、やっぱりきっかけが重要なんだなぁというのが分かる。…と同時に、何かきっかけがないと知ることのない本もたくさんあるんだろうなぁというのを、今さらながらに思ったりもする。


池上冬樹による海外ミステリーのベスト10は、1位がシェークスピアの「マクベス」(ワイド版岩波文庫)だったのでビックリ。今年の春、新国立劇場で上演された野田秀樹演出のオペラ「マクベス」を見る前に、予習のためにと読んだのだけど、まさかまさかこういうベスト10でお目見えするとは思っていなかった。同じベスト10で、ヘンリイ・スレッサーの「うまい犯罪、しゃれた殺人」がランクインされていたのにも注目。コレ、ヒッチコック劇場が好きな人ならぜひ読んでおきたい傑作短編集。今まではポケミス(ハヤカワポケットミステリー)版しかなかったんだけど、いつの間にやら文庫化されていたのね。多くの書店でポケミスのコーナーが狭くなっているというハナシも載っていたけれど、確かにポケミスって、書店で探そうとすると苦労する。…と考えると、ポケミスの文庫化はうれしいな。

他、気になった文庫本を上げてもキリがないので、紹介されていた文庫本の中から、私もぜひオススメしておきたい3冊を…。にしても、文庫になるのって意外と早いよなぁ。

白い薔薇の淵まで(集英社文庫)
中山可穂著
神様がくれた指(新潮文庫)
佐藤 多佳子
センセイの鞄(文春文庫)
川上弘美著

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2004.12.21

旅をする裸の眼

ハイ、ずっと楽しみにしていた小説が、ようやく書店に並んでいたので、一気読み。

旅をする裸の眼
多和田葉子著

出版社 講談社
発売日 2004.12
価格  ¥ 1,680(¥ 1,600)
ISBN  4062125331

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カメラの視線で始まる冒頭は、村上春樹の「アフターダーク」を彷彿とさせるが、多和田葉子の新作「旅をする裸の眼」は、決して夜明けのハナシではなく、小説が終わっても、夜が明けることはない。夢は覚めずに、不安と疲労を残したまま、ポツンと小説の中に置いてけぼりにされる。こういう小説、すなわち多和田葉子の小説を、ずっとずっと読んでいたいと思うのは、小説の中に、私自身が置いてけぼりにされるから。きっと、そうに違いない。例えば、恩田陸の「夜のピクニック」のように、多くの人に無条件にすすめたくなる小説ではないが、私はこういう小説も大好きなのだ。たまらない。

「旅をする裸の眼」は、2人称(あなた)を思い続ける1人称(わたし)のハナシ。あなたとわたし。あちらとこちら。わたしは、こちらからあちらを思い続けている。わたしの気持ちはこちらには不在。多くのこちらとあちらが出てくるが、わたしの気持ちは、すべてあちらにある。例えば、社会主義と資本主義、冷戦と冷戦後、国境の内側と国境の外側、自分が使っている言語とそれ以外の言語、現実と妄想、現実と映画の中の世界、わたしとあなた。主人公のわたしは、社会主義の国、ベトナムから資本主義の国、フランスにたどりつき、フランス語が分からないわたしが、あなたの出ているフランス語の映画を見る。…という具合。小説の中に出てくるあなたは、女優のカトリーヌ・ドヌーヴのことで、各章のタイトルは、カトリーヌ・ドヌーヴが出ている映画のタイトルになっている。で、あなたが出ている映画がわたしの現実に絡んでくる。

わたしは、サイゴンから冷戦下の東ベルリンへやってきて、ふとしたことから半ば拉致状態で、東ベルリンからボーフムへ、そして、そこから逃げようと、ソ連へ向かうつもりが、逆方向のパリへ向かう電車に乗ってしまう。主人公のわたしは、決して旅をしているわけではなく、拉致、逃亡者、不法滞在者として、その土地土地で、あちらを思いながら生きる。

全13章。そういえば、「容疑者の夜行列車」も全13章の小説だったけど、多和田葉子にとって「13」という数字には何か特別な意味があるのだろうか。「旅をする裸の眼」は、1章が1年で、1988年に始まった物語は、2000年で終わるのだが、宙ぶらりんのまま。

「である調」の文章の中に「ですます調」の文章が突然出てくるが、途中から、この小説の中で「である」と「ですます」はどのように使い分けられているのかを意識しながら読んでみた。必ずしもすべてではないのだが、文中に「あなた」が出てくると、ですます調になる。それは、わたしのあなたへの思いの表れ。やがて、わたしなのか、あなたなのか、分からなくなってくる。

最終章はこう始まる。

セルマはアメリカに亡命してそこで死刑の宣告を受ける前に、ベルリンで三年間、暮らしたことがあった。

私はこの出だしを読んで、たまらなくうれしくなってしまった。セルマはbjork(ビョーク)。この章のタイトルは「Dancer in the dark」。ラース・フォン・トリアー監督の「ダンサー・イン・ザ・ダーク」である。何を隠そう、私はこの監督が好きで、bjorkも大好き。確かに、この映画にもカトリーヌ・ドヌーヴは出ていた。キャシーという役柄で。

この章では、わたしは盲目。セルマがわたしに話しかける。キャシーは、わたしに指の動きで映画を翻訳してくれる。

………この先はこれからこの小説を読む人のために書かない方がいいのだろう。とにかく、この小説のラストのような突き放され方が、私はたまらなく好きなのだ。


どうでも良いことだが、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」は、2000年12月23日に日本で公開された映画。で、もうすぐ、2004年12月23日。この小説から、4年後のわたしは、いったいどうしているのだろう?

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2004.12.10

多和田葉子の新刊 続報

新刊案内で11月下旬発売となっていた多和田葉子の新刊「旅をする裸の眼」が、まだ書店に並んでいない。遅れているんだなぁ。いつ並ぶのかなぁ。…と思い続けるのもまた楽しいものである。さっき八重洲BCをのぞいたら、「ユリイカ」12月臨時増刊号が目に付いた。何と多和田葉子の特集号なのだ。で、表4の広告によると「旅をする裸の眼」の発売は12月13日(予定)となっていた。もうすぐ。楽しみ。

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本の雑誌 1月号 etc. 

積読本、急増の季節。ハイ、困ってます。

先日、紹介した年間ブックガイド企画の注目本がひと通り揃ったんだけど、やっぱり「本の雑誌」がイチバンおもしろい。最新号も読みどころが満載。楽しいなぁ。幸せだなぁ。うれしいなぁ。


●本の雑誌 1月号

まずは冒頭の2004年度ベスト10。ジャンルミックスでいろいろな本が入っているところが「このミス」なんかとの違いなんだけど、やっぱり1位はコレだったのね。私にとってもコレ、今年のベスト小説かも。うれしかったのは、四方田犬彦の「ハイスクール1968」がランクインしているところ。この本、1970年前後の日本の空気に興味がある方は必読。坪内祐三の「一九七二」とセットで読むと、より面白い。というか、この人たちの青春時代に興味ある人、多いんじゃないかな。他、ベスト10の中で気になった未読本は(というか、前から気になっていたんだけど)、喜国雅彦の「本棚探偵の回想」。やっぱ買うべきなんだろう。とにかく、装丁が素晴らしいのだ。

著名人による「私のベスト3」も1月号のお楽しみ企画の1つ。坪内祐三が紹介している「闇からの光芒」は全くノーマークだったので反省だ。イランの映画監督、マフマルバフのインタビュー集で、副題は「マフマルバフ、半生を語る」。とにかく、即買いである。翻訳家の鴻巣友季子が紹介している絲山秋子の「海の仙人」も気になる1冊。「孤独という名の神話である」と紹介されているのだけど、それだけでしびれてしまう。

しかし、何といっても最新号の山場は後半の「ベスト10」3連発だろう。鏡明によるSF、池上冬樹によるミステリー、北上次郎によるエンターテインメントの「ベスト10」が、それぞれ4ページにわたって紹介されているわけだけど、その中で、ジャンルを超えて複数の人がベスト10にあげている本があったりするから、面白い。例えば、打海文三の「裸者と裸者」。これ、いろんなところで評価されているから絶対に面白いんだろうけど、ミステリーの池上冬樹とエンターテインメントの北上次郎が共に上位に上げている。同じように、有川浩の「空の中」はSFの鏡明とエンターテインメントの北上次郎が上位に上げているから、普段だったらノーマークの本なんだけど、気になってしまうのだ。それよりも、ティム・オブライエンの「世界のすべての7月」がミステリー部門の上位に入っているのがうれしい。ベトナム戦争時代に青春時代を送った人たちの群像劇なんだけど、今年読んだ数少ない翻訳小説の1つで、私にとっても思い入れたっぷりの1冊。訳は村上春樹。

う~ん、まだまだ書きたいことが山ほどあるのだけど、このヘンにしておこう。

池上冬樹のコラム「ヒーローたちの荒野」のハルキズ・チルドレンのハナシも面白いし、新元良一の「村上春樹翻訳大研究」なる記事もあるので、ハルキストにも読みどころ満載。


●このミステリーがすごい 2005年版

結果は、ふ~んって感じだけど、数年前とは上位に登場する顔ぶれがすっかり変わったなぁというのが第一印象。上位陣で読んだことがあるのは、恩田陸の「Q&A」だけ。改めて、ミステリー離れをしている自分を再確認した次第。上位陣で気になったのは、矢作俊彦の「ロング・グッドバイ」。前作「ららら科學の子」がメチャクチャ面白かったから、読んでみようっと。

にしても、最近の「このミス」って、結果云々よりも、人気作家による「私の隠し球」の方が気になってしまうんだよなぁ。篠田節子の隠し球が気になる。


●日本一怖い!ブック・オブ・ザ・イヤー2005

高橋源一郎と斎藤美奈子の書評対談が面白い。取り上げられていた、古井由吉の「野川」をさっそく買ってしまったほど。高橋源一郎が紹介している町田康の「パンク侍、斬られて候」は、私も大好きな1冊で、さっき、コレを今年のベストって書いたけれど、いやぁ、こっちも良かったなぁ。痛快な時代小説だ。

本を「選ぶ」「買う」という意味においては、「このミス」よりも「日本一怖い!~」の方が刺激が大きい。というのも、ジャンル横断型のブックガイドだから。普段は注目していないジャンルでの収穫本があったりするのがうれしいのだ。気になったのは、パオロ・マッツァリーノの「反社会学講座」とスティーブン・ピンカーの「人間の本性を考える」。こういう本も読まなければって思うんだよね。

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2004.11.30

○○○○○ッ○

そろそろ、年間の「ベスト○○」がいろいろ発表される時期だ。毎年、気になるのが、以下の2冊。間もなく発売ということで、とにかくワクワクドキドキ。

●本の雑誌 1月号
1年間で最も楽しみな号。今年のベスト10にはどんな本が入っているのだろう。Webの予告によると、2004年度のベスト1は「○○○○○ッ○」なのだそうだが、う~ん、分かっちゃったなぁ。コレでしょ(たぶん)。取次搬入は12月8日とのこと。メチャ楽しみ!

●このミステリーがすごい!
宝島社の毎年恒例の本もそろそろ。例年通りだったら、12月10日前後に書店に並ぶハズ。今年はあんまりミステリーを読んでいないので、全く予想が付かないけど、こちらも楽しみ。

さらにもう1冊。「SIGHT」の別冊でこんな本が出るそうだ。

●日本一怖いブック・オブ・ザ・イヤー2005
毎年「SIGHT」の12月発売号でやっていた企画が独立。注目は何と言っても、北上次郎×大森望の辛口対談。他の「ベスト○○企画」では絶対に味わえない刺激で満ちあふれているハズ。こちらは12月4日発売。

ワクワクドキドキ。

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2004.11.22

猫にかまけて

猫にかまけて
町田康著

出版社 講談社
発売日 2004.11
価格  ¥ 1,680(¥ 1,600)
ISBN  4062126745

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かまける ①感ずる。感動する。心が動く。 ②一つのことに心を取られて、他がおろそかになる。拘泥する。 【広辞苑第五版図版付き(システム電子辞書)より】

新刊が出るたびに必ずチェックしている作家は多い方だと思う。で、読書の方が完全に追いついていないのだけど、ここ数週間は特にひどかった。村上春樹(地球のはぐれ方)、鴻上尚史(鴻上尚史のごあいさつ)、森博嗣(浮遊研究室4 鳳凰編)、森達也(戦争の世紀を超えて)、トマス・H・クック(孤独な鳥がうたうとき)…という具合に、積読本が急増中。ヤバイ。

ハイ。町田康も必ずチェックしている作家の1人。昨日、新幹線の中で新刊の「猫にかまけて」を読了。いやぁ、面白かった。町田康の傑作がまた1つ誕生したといっても大げさではないと思う。

「猫にかまけて」に登場する猫は、ココア、ゲンゾー、ヘッケ、ナナ(奈奈)の4頭(←4匹じゃなくて4頭)。町田康と猫との交流を綴ったフォトエッセイだ。猫や犬と一緒に暮らした経験のない私は、町田康が書いていなければ、こういう本には見向きもしなかっただろう。「猫にかまけて」は、「猫の手帖」と「FRaU」に連載されていたものをまとめた1冊。猫雑誌も女性誌も全くノーチェックの私だが、面白いものがこういうところにも埋もれているかと思うと、書店に並ぶ雑誌が宝の山のように見えてくる。

町田康は猫と対等に接する。飼っているのではなく、あくまでも猫と一緒に暮らす。家族。だから、ココアの体調が悪かったりすると、バンドの練習を途中で抜けて、まっすぐ家に帰る。誤解しないでほしいのだが、「猫にかまけて」は、隅から隅まで「猫ちゃん、カワイイねぇ」一色の、端から見ると気持ち悪い偏愛的猫本ではない(←私はこういう本を読んだことがないので想像だけど…)。猫好き以外を寄せ付けないオーラのようなものが、この本には全くないのだ。すべてが等身大。いつもの「町田節」がそこにはある。だから、面白おかしく読めるし、思わず吹き出しそうになるシーンがあったりして、通勤電車の中で笑いをこらえている私は、さぞかしヘンなヤツに見えただろうと思う。

「暗い話になってすみません」と、あとがきで書かれていることからも分かるように、単に面白おかしいだけの猫エッセイではない。前半ではヘッケの、後半ではココアの、闘病から死に至る過程が描かれている。読んでいるのが辛くなるくらい切ない。生きているものは、必ずいつか死ぬ。町田康は、目をそらさずに、しっかりとヘッケやココアの死と向き合う。

かわいそうでならない。

町田康といったら、何と言ってもあの独特な文体の思い出すのだが、ココアの死を間近にして、こうつぶやくのだ。何のアレンジもない、ものすごくシンプルな文章だ。だからこそ、その時の町田康の気持ちが痛いほど伝わってくる。

この本を読んで真っ先に思い出したのは、江藤淳の「妻と私」だった。

ちなみに、森達也の「世界が完全に思考停止してしまう前に」のオビに「今どき、まっとうな意見!」と大きく書かれているが、町田康の文章にも、私は「今どき、まっとうな意見!」ならぬ「今どき、まっとうな感覚!」を感じる。みんなはどうだろう?

妻と私
江藤淳著
世界が完全に思考停止する前に
森達也著

●この人たちの文章にも「まっとうな感覚」を感じます。

地球のはぐれ方
村上春樹著・吉本由美著・都築響一著
鴻上尚史のごあいさつ
鴻上尚史著
森博嗣の浮遊研究室 4 鳳凰編(ダ・ヴィンチブックス)
森博嗣著
戦争の世紀を超えて
姜尚中著・森達也著

●海外ミステリでイチオシ作家の新作

孤独な鳥がうたうとき
トマス・H.クック著・村松潔訳

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2004.11.20

マイケル・ムーアへ

マイケル・ムーアへ
マイケル・ムーア著・黒原敏行訳・戸根由紀恵訳・遠藤靖子訳

出版社 ポプラ社
発売日 2004.11
価格  ¥ 1,365(¥ 1,300)
ISBN  4591083632

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107人。そういえば、大林宣彦監督の最新作「理由」の登場人物も107人だった。厳密にいうと、映画の登場人物は「107人+1人」で、「+1人」の部分にこの映画の面白さが凝縮されていると思うのだが、そんなことはどうでもいい。マイケル・ムーアは、ご存じの通り「華氏911」「ボウリング・フォー・コロンバイン」を撮った映画監督。で、マイケル・ムーアの新刊「マイケル・ムーアへ」の中で、マイケル・ムーアに送られてきた107人からのメールが紹介されている。「理由」とは「107つながり」である(にしても、ホント、どうでもいいハナシだな…)。

「マイケル・ムーアへ」で紹介されているメールの送り主は、イラクにいるアメリカ兵、その家族や友人、世界各地の基地にいるアメリカ兵、ヴェトナムを経験した退役軍人などなど。彼らの中には、マイケル・ムーアの映画を観て、著作物を読んで、「考え方が180度変わった」「次の選挙ではブッシュに投票しない」と言っている人が少なくないが、紹介されているメールの多くは、マイケル・ムーアに対する「ありがとう」のメッセージ。マイケル・ムーアに嫌悪感を感じていた人でさえ、(家族や友人のすすめで)映画や著作物に接することによって、マイケル・ムーアに対して「ありがとう」と言うのである。そして何よりも、彼らのそれぞれの立場での葛藤と怒りが伝わってくる。で、なぜ、伝わってくるのか? それは、メールの送り主がみんな「普通の人」だからだ。私たちと何ら変わりのない「普通の人」だからこそ、等身大のメッセージとして伝わってくるのだ。

第二次大戦中に、サイパンやガダルカナルで戦死した日本人将兵たちの日記を紹介した「最後の言葉」を読んだ時にも感じたが、「正義」や「自由」といった(大本営発表やブッシュなどによる)「大きな言葉」は、少なくとも等身大のメッセージとしては、もう受け取ることができない。葛藤に満ちあふれた「小さな言葉」しか信じるものはないのでは? …とすら思うこともある。で、実際にそれに耳を傾けると、改めて「イラクの戦争は何だろう?」と思ってしまうのである。

「華氏911」は、前半でブッシュとビン・ラディン一族との関係に、後半でアメリカ兵とその家族に焦点が当てられていたが、印象に残っているのは、「普通の人」の思いが伝わってくる後半部分だ。「マイケル・ムーアへ」で紹介されているメールも、「イラクには行きたくない」「家族(や恋人)をイラクに送りたくない」という「普通の人」の思いで埋め尽くされている。例えば、イラクに平和を築くために行っているつもりなのに、イラクの人たちに嫌われてしまう現実。で、そんな矛盾・疑問・葛藤を抱えつつもイラクの戦争に関わっている人がこれほどまでにも多いのかとビックリする。しかし、これとて氷山の一角に過ぎないのだろう。

イラクに派兵されたアメリカ兵の多くは、それほど裕福ではない家庭の出身だったりするそうだ。例えば、大学へ行くための資金をなんとかするために軍隊に入らざるをえない状況が、イラクの戦争に対して疑問を感じつつもイラクに行かざるをえない状況を作っている。「まさかこんなことになるとは思っていなかった」という人も多い。「だったら、軍隊に入らなければいいじゃん!」と簡単には言えない事情があるのが、なんともやりきれない。

しかし、だ。やはり、どう考えたって、これはアメリカ国内の事情なんだよなぁ。イラクには関係ない。つくづく、普通の人を動かそうとする「大きな言葉」に、注意しなければならないと思うのである。

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2004.11.19

多和田葉子の新刊

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映画館に足を運ぶと、本編が始まる前の予告編を見て、よりたくさんの映画を見たくなる。それと同じように、本を読むと、そこに挟まれている新刊案内を見て、もっとたくさんの本を読みたくなる。広告戦略にハマっているな…と思いつつも、映画鑑賞欲と読書欲がかきたてられるのだから仕方がない。というか、私はいつもその欲に負けてしまうのだ。

今朝、ふと「無人島に1冊持っていくとしたら、どれかな?」というのを考えていた。別に無人島に行くわけでもないのに、なぜか時々考えてしまうクセがあるのだ。で、今朝の結論は、多和田葉子の「容疑者の夜行列車」だった。なぜだか分からないけど、この1冊が頭の中に浮かんだのだ。考えてみれば、同じ小説を繰り返し読むことはほとんどない。しかし例外が幾つかあって、「容疑者の夜行列車」もその1つ。主人公が二人称(あなた)の移動小説の傑作で、私は2度読んでいる。で、もう1度、読んでみたいと思ったのだ。

今朝の通勤電車から、町田康の新刊「猫にかまけて」を読んでいるのだけど、これが面白い! 最近、戦争のハナシばっかり読んでいたので、久々に読書で幸せな気分を味わっている。が、この本はまだ読み終えていないので、感想は後日。問題は、その中に挟まれていた新刊案内。多和田葉子の新刊「旅をする裸の眼」が紹介されていたのだ。で、それが「容疑者の夜行列車」を私に連想させるのである。そこにはこう紹介されている。

「あなた」という存在を見つめながら、移動する「わたし」がたどり着く場所とは――。

11月下旬発売予定とのことなので、書店にはまだ並んでいない。そもそも小説なのか、エッセイなのかは、この新刊案内からは分からない。けど、発売日に私はこの本をきっと買うのだろう。

●追記
「旅をする裸の眼」、調べてみたら、小説であることが判明。各章のタイトルが映画のタイトルになっているとかで、ますます興味深い。

容疑者の夜行列車
多和田葉子著
猫にかまけて
町田康著

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2004.11.15

ファルージャ 2004年4月

ファルージャ2004年4月
ラフール・マハジャンほか著・益岡賢編訳・いけだよしこ編訳

出版社 現代企画室
発売日 2004.06
価格  ¥ 1,575(¥ 1,500)
ISBN  4773804041

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ここ数日のファルージャ関連のニュースを見る。例えば、アメリカ軍側の行動について、こういう言葉が使われる。

制圧、交戦、攻撃、鎮圧、掃討…

これらの言葉で、(それが意図するものであれ、無意識であれ)見えなくなっているもの、隠されているものについて、意識的に想像力を働かせなければならないと思うのだ。「ファルージャ 2004年4月」は、テレビや新聞ではあまり伝えられない事柄が記されているという意味において、「チェチェン やめられない戦争」のファルージャ版的な読み方ができる貴重な1冊だ。2004年4月、イラクで日本人3人が解放された頃、イラクのファルージャで何が起きていたのか――。この本を読むと、少なくともテレビや新聞では報道されなかった戦地の様子が見えてくる。

マイケル・ムーアの新刊「マイケル・ムーアへ」の中で、アメリカ軍の兵士からマイケル・ムーアに送られたメールが紹介されているが、その中で、ある兵士が次のように上官に教えられたという。

脅威に見える民間人を殺すと決めたら、即、撃ち殺せ。おれはおむつ頭のターバン野郎に部下を殺されるより、始末書を書くほうがマシなんだ

「ファルージャ 2004年4月」を読むと、軍隊に属していない普通の人たちが「町を歩くだけで撃たれるかもしれない」という恐怖と隣り合わせの生活を強いられているのがよく分かるのだが、こんなメールを読むと、何ともやりきれない。何のための「攻撃」だろうか。

「ファルージャ 2004年4月」の中で、あるイラク人医師はこんな風に言っている。

アメリカは暴力を誘発しているんです。もしあなたが私を攻撃しなければ、私は絶対にあなたを攻撃しないでしょう。アメリカは、イラク人の攻撃を煽っているんですよ!

これを読んで、真っ先に思い出したのは「チェチェン やめられない戦争」の中で著者のアンナ・ポリトコフスカヤが書いていた次ような文章だ。

モスクワがチェチェンに求めているのはただひとつ、無秩序を維持すること。混乱は儲けにとっては好都合だ、管理された混乱ほどより多くの配当をもたらすものはない。

この文章、モスクワの部分を「アメリカ」に、チェチェンの部分を「イラク」に置き換えても読むこともできるのではないだろうか? 「ファルージャ 2004年4月」は、そのタイトルからも分かるように、今年の4月にファルージャで起きたことのリポート集である。今(2004年11月)、ファルージャで起きているのとはまた別だ。が、ニュースで垂れ流される「制圧」「交戦」「攻撃」「鎮圧」「掃討」…という言葉で見えなくなっている部分について想像力を働かせる必要がある。この本を読んで、それを改めて強く意識した次第。

なお、ファルージャの最新情報は「Falluja,April 2004-the book」にて。

マイケル・ムーアへ
マイケル・ムーア著・黒原敏行訳・戸根由紀恵訳・遠藤靖子訳
チェチェンやめられない戦争
アンナ・ポリトコフスカヤ著・三浦みどり訳

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2004.11.10

もう1度、チェチェン やめられない戦争

今日、届いたメルマガ「チェチェンニュース Vol.04 No.39 2004.11.10」チェチェン総合情報で登録すれば無料購読可能)にて、「チェチェン やめられない戦争」の著者、アンナ・ポリトコフスカヤが、ラジオ・リバティ(アメリカの放送局)に出演した際のインタビュー記事があった。その記事でビックリしたのが、9月に北オセチア共和国で起きたベスラン学校占拠事件で、「事件の解決直後には無事の姿がビデオなどに写っているのに、その後行方不明になってしまった人々がいる」というハナシ。怖いハナシだ。

昨日、「ロシア・相次ぐジャーナリストの殺害」という番組がBSで放送されたそうだが、ロシアでは、ゴルバチョフがグラスノスチ(情報公開政策)を提唱して以来というもの、100人を超えるジャーナリストが殺害されているそうだ。で、プーチン政権の今、政府の汚職や企業の不正を追及している独立系新聞社の記者に犠牲者が相次いでいるという。う~ん、怖いハナシだ。

ファルージャ関連のニュースで頻繁に目にする「掃討作戦」という言葉に、やっぱり違和感を感じる。「チェチェン やめられない戦争」を読むと、「掃討作戦」という言葉がどういう視点から見たものなのかが分かるし、そして、その実態は「ひどい」としか言いようがないものだということが分かる。

9・11後のことは十分予測できました。あの直後の取材で私は明白な話をしました。世界中の残忍で抑圧的な権力が、この事件をいいように利用するだろうと。方法はそれぞれです。アメリカも、トルコも、そしてロシアも。その通りのことが現実となりました。

映画「チョムスキー911」の中でのチョムスキーの言葉。イラクとチェチェンを同列に並べることが良いのかどうか分からないけど、「ファルージャ 2004年4月」などを読むと、両者は実に似ているように感じて仕方がない。実際に「世界中の残忍で抑圧的な権力」が、9・11後、「正義」「平和」「自由」「反テロ」という言葉を利用をしているが、「掃討作戦」という言葉にも、同じニオイをプンプン感じてしまう。

もう1つ、「掃討作戦」と同じく違和感を感じて仕方がないのが、最近の新聞やテレビの至るところで目(耳)にする「空爆」という言葉。湾岸戦争あたりから頻繁に使われるようになった言葉だそうだけど、どう考えたって「爆弾を落とす側」の言葉だよなぁ。落とされる側に立つと「空襲」。そんなに軽々しく使える言葉ではないと思うんだけど…。

チェチェンやめられない戦争
アンナ・ポリトコフスカヤ著・三浦みどり訳
ファルージャ2004年4月
ラフール・マハジャンほか著・益岡賢編訳・いけだよしこ編訳

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2004.11.09

世界が完全に思考停止する前に

世界が完全に思考停止する前に
森達也著

出版社 角川書店
発売日 2004.10
価格  ¥ 1,365(¥ 1,300)
ISBN  4048839004

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つい先ほど読み終えたこの本について書きたいことがいくつかあるが、ちょっとバタバタしていて、まとめる時間、いや余裕がない。詳しくは後日改めて書くとして、森達也の「世界が完全に思考停止する前に」を読んで、新聞で、テレビで、Webでニュースに接する時の「ちょっと待てよ」の感覚を大切にしなければというのを改めて感じているのである。

2004年4月15日、イラクで日本人3人が武装勢力から解放された。同じ頃、イラク中部で大規模な戦闘があり、一説によると600人ものイラク市民が殺された。森達也は「その手の統計や発表は鵜呑みにしないほうがよい」と前置きをした上で、しかし「只事じゃない」といっているが、大勢のイラク市民が殺されているのだから、どう考えたって、只事じゃない。ファルージャでの出来事だ。

昨日、イラク暫定政府のアラウィ首相が、アメリカ軍とイラク軍に対して、ファルージャ総攻撃を承認した。テロリストを排除するという目的で…。また、同じ場所で同じことを繰り返すのだろうか?

こんな時こそ、森達也のいう「一人称」の感覚を大切にしたい。「ちょっと待てよ」という違和感。思考を停止したくない。

ちなみに、ずいぶん昔に読んだ本だけど、私の「ちょっと待てよ」思考の原点になったのが「写真のワナ」。写真などのビジュアルイメージを目の前にした時、「ちょっと待てよ」の感覚がいかに大切であるかが分かる。興味のある方は、ぜひ。

写真のワナ 新版
新藤健一著

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2004.11.06

夕凪の街 桜の国

夕凪の街 桜の国
こうの史代著

出版社 双葉社
発売日 2004.10
価格  ¥ 840(¥ 800)
ISBN  4575297445

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blogを始めて2か月とちょっと。初めてトラックバックを送ってくれた方のblog(Radical Imagination)をのぞいてみたら、こうの史代の「夕凪の街 桜の国」が紹介されていた。すぐに書店に行って探したが、なかなか見つからない。そもそもコミックのコーナーには年に数回しか足を運ばないから、山のようなコミックの中から目的の1冊を探すのは大変だ。bk1に頼ろうかとも考えたが、すぐに読みたい。というわけで、4軒目にして、ようやく見付けた1冊。

「夕凪の街 桜の国」は、「夕凪の街」「桜の国(一)」「桜の国(二)」の3つの短編からなる、戦後世代が描いた原爆の傷についてのハナシ。いずれも時代設定は戦後(「夕凪の街」は1955年、「桜の国(一)」は1989年前後、「桜の国(二)」は2004年が舞台)。約100ページの薄い本で軽いタッチで描かれているが、心にズシリと残る。

「夕凪の街」を読んで、真っ先に思い出したのは、この秋に見た映画「父と暮せば」。舞台は被爆10年目の広島で、主人公は、原爆で生き残った自分に対して罪悪感を感じている。「父と暮せば」で宮沢りえが演じた役もそうだったが、「自分は幸せになってはいけない」と思いこみ、例えば、恋愛に対してかたくなまでに拒否反応を示したりする。原爆で生き延びた者の傷が心身共に大きいのは分かるが、「父と暮せば」や「夕凪の街」に出会わなければ、このような罪悪感の感覚は想像すらしなかっただろう。「桜の国(一)」と「桜の国(二)」の時代設定は、グンといま現在に近づく。しかし、戦後60年近くが経っているにもかかわらず、原爆は未だに人々に深い傷を背負わせているのだ。数少ない被爆国に住む日本人として、まず想像力を働かすべき部分はここにあるのだろう。「夕凪の街」と「父と暮せば」の結末は異なるが、「夕凪の街」は、原爆病による死を間近に控えた主人公の、こんなひと言がグサリと突き刺さる。

十年経ったけど 原爆を落とした人はわたしを見て 「やった!またひとり殺せた」 とちゃんと思うてくれとる?

この言葉を、そのままブッシュに聞かせてやりたい。

今日、たまたま検索して見付けたblog(tamyレポート)で、毎月6日と9日に「6・9行動」という核兵器廃絶を求めた署名活動が行われていることを知った。「父と暮せば」の宮沢りえや「隠し剣 鬼の爪」の山田洋次監督も賛同しているそうだが、今日は11月6日。改めて、ヒロシマとナガサキについて考えてみるいい機会なのかもしれない。

このオチのない物語(「夕凪の街」)は、三五頁で貴方の心に湧いたものによって、はじめて完結します

「夕凪の街 桜の国」のあとがきにあった、こんな言葉が印象的。
(★★★★★)

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2004.11.05

ミステリ十二か月

ミステリ十二か月
北村薫著

出版社 中央公論新社
発売日 200410下旬
価格  ¥ 1,890(¥ 1,800)
ISBN  4120035743

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系統だてて本を読むことがなくなった昨今。ノンフィクションが気になったかと思えば、ミステリを読みたくなり、海外文学に手を出したくなる時もあれば、絵本もチェックしたい。そんな優柔不断雑読主義の私が、最も好きなのが「ブックガイド」の類だ。ようは読書欲をかき立ててくれる本が大好きなのだ。おかげで自宅には積読本が山のようにあるのだが、読みたいと思った時に「絶版」になっているのがイヤなので、ついつい書店で手を出してしまう。それはさておき、ミステリというジャンルは、ブックガイドの類が実に充実している。毎年、年末に出る「このミス(このミステリーがすごい)」は欠かさずチェックしているし、古典を紹介した「ブックガイド」も、古今東西たくさんある。

良いブックガイドの条件は1つ。そこで取り上げられている本に、作者(あるいは編集者)の愛情があるかどうか。読売新聞に連載されていた「北村薫のミステリーの小部屋」を1冊にまとめたのが「ミステリ十二か月」。これが、北村薫による本格ミステリへの愛がギッシリ詰まった素敵なブックガイドなのだ。おかげで今、ミステリの読書欲がかきたてまくられている(困ったもんだ!)。とにかく、1冊1冊の紹介に読書欲をかきたられるのだ。例えば、ある本は、こんな風に紹介されている。

初版の解説では、シリーズのあるポイントについて先に触れられているのです。これは、三冊読み終える前には(少なくとも、わたしなら絶対に)知りたくないことです。二版以降なら、その部分が削られているので大丈夫です。

これから読もうとしている人に、その本をできる限り楽しんでもらおうとする、北村薫の配慮と気遣い。素敵だなぁと思う。こういう風に紹介されると、本好きなら、読まずにいられなくなるハズだ。で、各ページに添えられたイラストにもちょっとしたナゾが込められているし、さらには、巻末の有栖川有栖との「全身本格」対談なんかを読んでいると、取り上げている作品に対する2人の評価が違っていたりするので面白い。

『退職刑事』シリーズなんか読むと、人間の空想力っていうのは、何の道具もいらない、最大のおもちゃだなぁ、というのを思います。

その対談での、有栖川有栖の言葉。いい言葉だなぁ。
(★★★★★/オススメ)

●紹介されている本はぜんぶ気になったけんだけど、特に気になったのは以下の5冊。

白菜のなぞ(平凡社ライブラリー 447)
板倉聖宣著
毒入りチョコレート事件(創元推理文庫 123‐1)
アントニー・バークリー著・高橋泰邦訳
亜愛一郎の狼狽(創元推理文庫)
泡坂妻夫著
有栖川有栖の密室大図鑑(新潮文庫)
有栖川有栖著・磯田和一著
七人のおば(創元推理文庫 164‐4)
パット・マガー著・大村美根子訳

●ミステリィ作家によるミステリィ紹介本として大好きな1冊

森博嗣のミステリィ工作室(講談社文庫)
森博嗣〔著〕

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2004.10.29

夜のピクニック

夜のピクニック
恩田陸著

出版社 新潮社
発売日 2004.07.30
価格  ¥ 1,680(¥ 1,600)
ISBN  4103971053

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高校時代の最後の大きな行事。その行事が終わると、3年生は受験勉強一色に染まる。私にも、そういう行事が(10年以上も前に)あったんだけど、恩田陸は、こういうのを書かせたらうまい。誰もが高校時代に味わったであろう感情をしっかり汲み上げて、それがちゃんと描かれている。だから、登場人物のひと言ひと言に「その気持ち分かるよ」とうなずきつつ、自分の高校時代を重ねながら読んだ。「夜のピクニック」に登場するのは、みんな普通の高校生。普通なんだけど、みんなキラキラしている。

小説の舞台は、ちょっとした進学校(だと思われる)。私も神奈川県のちょっとした進学校の出身だからか、家庭の事情や悩み、友だちとの関係などなど、登場人物の気持ちや環境が、よく分かる。「夜のピクニック」でいう、(3年生にとっての)高校時代の最後の行事は「歩行祭」だ。ひと晩、ただ歩くだけの行事。実際には相当ツライ行事なのだけど、ひと晩歩くだけというシンプルな行為の連続ゆえに、普段は考えないようなことを考えたり、普段は話さないようなことを友達と話したりする。そして、歩く過程と、高校生活を重ね合わせる。

高校3年生にとって、高校卒業後の世界というのは不安と期待がごちゃまぜになった複雑なもの。卒業すると同時に、行動範囲が今までとは比べものにならないくらい広くなり、そんな世界にポツンと放り出される。隅々まで見えていた世界が、実はちっぽけだったことに気付く。…と考えた時、高校3年生というのは大人と子供の境界にあたるわけだけど、「夜のピクニック」で歩くのは、その境界そのもの。「高校生活が(子供の自分が)、もう終わっちゃうんだ」というあの独特の感情が、「歩行祭」という行事を通じてうまく描かれている。

「夏休み明けくらいから、ずっと歩行祭のこと考えてるじゃん。考えてるっていうか、ずっとどこかで気に掛かっている。でも、実際はたった一日で、足が痛いとか疲れたとか文句言っているうちに終わっちゃうんだよな」

こんな気持ちがよく分かるのだ。私の高校時代も、毎年、秋に大きな行事があった。3年生ともなると、その行事の準備のためだけに夏休みを過ごしたりもするし、私もそうだった(もちろん、中には冷めている人もいる)。で、その行事の当日を迎えた時に、「もう終わっちゃうんだ」と、何だか寂しい気持ちにもなった。お祭りは永遠には続かない――。あの時の気持ちは、たぶんずっと忘れないと思うが、そんな感情がこの本にはぎっしり詰まっている。

とにかく、すっばらしい青春小説だ、これは。
(★★★★)

●恩田陸の高校小説として思い出すのはまずコレ

六番目の小夜子(新潮文庫)
恩田陸著

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2004.10.18

いま平和とは

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NHK人間講座 2004⑩~⑪期
いま平和とは 「新しい戦争の時代」に考える
最上敏樹
日本放送出版協会
定価588円(本体560円)
※bk1では取り扱いがないようです。

「パレスチナ占領地でのイスラエルの分離壁建設は違法」とのICJ(国際司法裁判所)の判断を受け国連総会は7月、150カ国の賛成で壁撤去を求める決議をしたが、米国は反対票を投じた。

※2004年10月14日の朝日新聞(朝刊)のコラム「地球儀」より

10月5日からテレビ放送が始まっているNHK人間講座『いま平和とは 「新しい戦争の時代」に考える』のテキストの中にも、7月9日の国際司法裁判所による意見勧告についての記事が載っている。「イスラエルの分離壁は国際法に違反するものなので撤去しなければならない」という意見勧告だ。この勧告には5つの項目があるが、15人の裁判官のうち、すべての項目に反対したのはアメリカ出身の裁判官1人だったというハナシ(4つの項目が賛成14:反対1/1つの項目が賛成13:反対2)。それに追い打ちをかけるかのように、10月6日、「イスラエルのガザ侵攻停止決議」の決議案に対して、国連安全保障理事会でアメリカが拒否権を行使したというニュースが舞い込んできた。

「いま平和とは」の中で著者の最上敏樹は、自らその専門(パレスチナ問題の専門)ではないと前置きをした上で、第7回目のテーマをまるまるパレスチナ問題(絶望から和解へ パレスチナ断章)にあてている。この問題を解決しないことには展望が開けない平和問題がいくつもあるというのが、その理由だ。確かに、複雑でひと筋縄でいかない問題だというのはシロウトの私にもよく分かるし、私自身、これから勉強しなければならないことが多いのも痛感する。が、冒頭で紹介したようなニュースを見ると、「それをより複雑にしているのは誰か?」というのは明らかなような気がして、そう思うと、平和が弄ばれているように感じてならないのだ。

第6回目のテーマは「人道的介入」。ある国で見るに見かねるような非人道的な行為(ジェノサイド)が行われているような時、国際社会(他の国々)は何をすれば良いのかという問題。まず、武力介入イコール絶対悪と考えた時、では何ができるのかという問いにすぐ答えることができるだろうか。経済制裁や話し合いなどいった悠長なことはいっていられないケースもある。対策を考えている間にもジェノサイドが行われているような時。では、武力介入しかないと判断したら、それをどのように行うべきか。ジェノサイドを行っている側に対しての懲罰的な攻撃か、それとも被害に遭っている人たち(難民)を守ることに徹した武力行使か? もし武力介入を行うのなら、誰がそれを決定して、誰がそれを行うのか。実に難しい問題である。しかし、第2のホロコースト、第2のヒロシマやナガサキが起きないようにするためにも、考えなければならない問題だと思うのだ。

本書は全8回の放送に合わせて、8つのテーマを扱っている。

第1回 尽きせぬ武力紛争
第2回 未完の理想 ――国連による平和
第3回 国際人道法のかたち ――武力紛争のルールについて
第4回 ジェノサイドの最前線 ――人道犯罪裁判の攻防
第5回 さまざまな平和観
第6回 人道的介入
第7回 絶望から和解へ ――パレスチナ断章
第8回 境界を超えて

今、平和について世界でどんなことが問題になっているのか広く知りたい場合、本書は最適なテキストではないだろうか。少なくとも私にはいい刺激になった。

ちなみに、最終回のテーマは「境界」。国境や壁といった問題が扱われているが、最後はテオ・アンゲロプロスのある映画のハナシで終わる。その映画を、近々、見ようと思う。


●私がなぜ「いま平和とは」を書店で手に取ったのか? それは、過去にこの本を読んだから。

人道的介入(岩波新書 新赤版 752)
最上敏樹著


●「いま平和とは」の参考文献リスト(一部を除く)

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2004.10.17

茶色の朝

茶色の朝
フランクパヴロフ物語・ヴィンセントギャロ絵・藤本一勇訳

出版社 大月書店
発売日 2003.12
価格  ¥ 1,050(¥ 1,000)
ISBN  4272600478

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ヨーロッパでは、「茶色」はナチス、すなわち全体主義を連想させる色らしい。物語の中で、俺とシャルリーは雑談をしている。シャルリーはいう。犬を安楽死させたと。その理由は、茶色の犬ではなかったから。2人は疑問を感じつつも、自分に都合のいい言い訳を用意して、「仕方がないさ」と納得する。「茶色の朝」は、すべてが茶色に染まっていくハナシ。犬、猫、新聞、本…、すべてが茶色に染まっていく。その中で、俺とシャルリーは、茶色の犬を飼い、茶色の猫を飼い、茶色の新聞を読んで、「うまく」やり過ごす。

茶色に守られた安心、それも悪くない

主人公の俺は、物語の中でこんな風に言う。茶色にさえ染まってさえいれば、今までと変わらずに普通に過ごすことができるのだ。確かにそうかもしれない。自分自身を振り返った時もそうだ。取りあえず、安全なところにさえいれば、多少は納得できないことがあったとしても、何も問題はない。しかし、「茶色の朝」は生優しい結末を用意してはいない。最後に、茶色の朝がやってきて、すべてが崩れ去るのである。「あの時、ああしていれば良かった…」と思っても、もう遅い。取り返しは付かないのだ。

どこかで「おかしいかも?」と感じつつも、自分に対するありとあらゆる言い訳を総動員して、やり過ごす。これは、何も特殊なことではなくて、ごく普通の人たちの考え方と言っても良いだろう。誰だって、面倒なことはイヤなハズだ。しかし、その普通の考え方の集合体が全体主義を作り出しているとしたら…。身につまされるハナシである。

「茶色の朝」を迎えたくなければ、まず最初に私たちがなすべきこと――それはなにかと問われれば、思考停止をやめることだと私なら答えます。

「茶色の朝」の解説で高橋哲哉はこんな風に書いているが、まさにその通りだと思う。油断しちゃいけないな。

ちなみに「茶色の朝」のイラストを描いているのは映画「ブラウン・バニー」のヴィンセント・ギャロ。「茶色の朝」に茶色のウサギは出てこないけど。

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2004.10.05

考える短歌

考える短歌(新潮新書 083)
俵万智著

出版社 新潮社
発売日 2004.09
価格  ¥ 693(¥ 660)
ISBN  4106100835

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雑誌「考える人」(新潮社)に寄せられた投稿(短歌)に対しての、俵万智による添削過程をまとめた1冊。

「考える人」が創刊になった当初、私はこのコラムが目当てで買っていた。で、改めて読んでみると、自分で短歌を作っているわけじゃないけれど、いろいろと勉強になる。ほんのちょこっと言葉遣いを変えるだけで、短歌が生き生きする。それが、短歌シロウトの私にもよ~く分かるのだ。添削とはいってもダメ出しではないから、読んでいて悪い気は全くしない(恐らく、投稿した人にとっても)。五七五七七の31文字になったらそれで完成…ではなくて、もうひと踏ん張りする。ここが大切なのだ。文章を書いたらあまり読み直さない自分としては、反省しきりである。

「考える短歌」は、少なくとも短歌シロウトの私にとっては、短歌の鑑賞ガイドでもある。そう思えるのは、たった31文字から投稿者の心の機微を丁寧にすくい上げる過程が書かれているからなんだろうけど、「短歌っていいじゃん」と不覚にも(っていうか不覚じゃないんだけど)、そう感じてしまったのである。

本書には添削だけでなく、鑑賞コーナーも用意されている。古くは源実朝から、現代の歌人まで多くの短歌が紹介されているのだけど、その中で2つほど「おやっ」と思った短歌があった。その作者が両方とも穂村弘だったのでビックリ。う~ん、侮れない。
(★★★)


●俵万智のオススメ本

百人一酒
俵万智著
すべての酒好きに…。読むと、メチャクチャ酒を飲みたくなります。


あなたと読む恋の歌百首(朝日文庫)
俵万智著

朝日新聞の日曜版の連載をまとめた1冊。短歌ガイド本としてオススメです。


サラダ記念日
俵万智著

有名過ぎる本です。数年前に買ったのですが、奥付を見てビックリしました。今、何回くらい重版しているのでしょうか? 皆さんは想像できます?


●穂村弘のエッセイ集

世界音痴
穂村弘著
とにかく、棒パンとジャムガリンのハナシが印象的。この1冊で、穂村弘が好きになりました。


もうおうちへかえりましょう
穂村弘著

「世界音痴」でツボにはまったら、こちらもオススメ。

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2004.10.01

チェチェン やめられない戦争

チェチェンやめられない戦争
アンナ・ポリトコフスカヤ著・三浦みどり訳

出版社 日本放送出版協会
発売日 2004.08
価格  ¥ 2,520(¥ 2,400)
ISBN  4140808918

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思い込みというのは怖い。ロシアで何かしらのテロ事件が起きると、まるでチェチェンがテロ組織の巣窟であるかのような報道がされる。ハッキリと「テロ組織の巣窟である」とは言わなくても、「かもしれない」「可能性がある」というレベルの情報であっても同じ。そういうニュースを見たり、読んだり、聞いたりした私たちは、知らぬ間に、あるいは無意識のうちに「チェチェンはいけない国だ」というイメージを植え付けられる。ただでさえ、情報の少ない国だ。

チェチェンで起きている戦争とはいったい何か? ロシアからの独立を求める「イスラム過激派によるテロ」に対する戦争――。「チェチェン やめられない戦争」を読むと、そんな単純な問題ではないことが分かる。著者のアンナ・ポリトコフスカヤはロシアの女性記者。普通の人々の声を聞くために、命の危険にさらされながらも、何度も何度もチェチェンに足を運ぶ。何はともあれ、まずはその勇気と行動力に拍手を送りたい1冊である。彼女の取材を通して見えてきたのは、ロシア軍による「掃討作戦」と称された略奪&拉致行為。傷付いているのは、普通の人々(一般市民)なのだ。少なくとも「対テロ戦争」というのはロシア政府にとっての大義名分で、実態はずいぶん違うことが分かる。

例えば、夜中の2時、「掃討作戦」と称して、ロシア兵にたたき起こされ、抜き打ち検査を受ける。そして、理由なきまま、家族の1人が逮捕・拉致され、拷問を受ける。返してもらうためには身代金が必要になるが、用意できなければ死体となって帰ってくるだけ。チェチェンでは、そんなことが当たり前になっている。「ビールを出せ」と言われ「ない」と答えたばかりに、小銃で撃たれてしまう女性も登場する。これも夜中2時頃の出来事。この本を読んでいる間、「夜中の2時」という部分が私の頭から離れることはなかった。普通の生活というのは、夜中の2時には何の心配もなく睡眠できるものなのである。

当事者とは関係のない、ごく普通の人たちが巻き込まれるテロ行為には断固反対である。が、なぜテロが起きるのかというのを考えなければ、何も解決はしないとも思う。例えば、アメリカがイラクでやっていること、ロシアがチェチェンでやっていることは、将来のテロリストを生み出すだけの行為ではないだろうか。

モスクワがチェチェンに求めているのはただひとつ、無秩序を維持すること。混乱は儲けにとっては好都合だ、管理された混乱ほどより多くの配当をもたらすものはない。

ポリトコフスカヤはこう書いているが、だとしたら、チェチェンで傷つき殺されていく人たちは、いったい何だろうか。何もかもが分からなくなっていく。

ちなみに、ポリトコフスカヤは、モスクワ劇場占拠事件(2002年10月)で、武装グループから交渉役として指名されたことでも有名だ。この本では、その件についても触れられているので、一読する価値がある。

また、今年の9月、北オセチア共和国で起きたベスラン学校占拠事件でも、武装グループから交渉役として指名された医師に同行しようとしたそうだ(この件については、出版時期の関係上、本の中では触れられていない)。が、北オセチア共和国に到着後、彼女は急に倒れ意識不明になった。一命はとりとめたが、何者かに毒を盛られたという見方が有力だそうだ。ロシアでは報道規制が厳しくなっているというが、プーチン大統領が「危険なのはテロリストではなくてジャーナリストだ」と言ったこともあるとか…。目には見えない力が働いているかと思うと、そして、それが過去のハナシではなくいま現在のハナシであるかと思うと、怖くなる。
(★★★★)

●参考(東京新聞

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2004.09.12

キス

昨日の深夜。9.11と関係があるのか分からないけど、銀座界隈にお巡りさんがわんさか。何だか不穏な空気。

キス(新潮文庫)
キャスリン・ハリソン〔著〕・岩本正恵訳

(★★☆)

「新潮クレスト・ブックス」シリーズの初期の作品。ちょっと前に文庫化されたので読んでみたのだが、正直、いまひとつ入り込めなかった(「評判の割に」という言葉を付けた方が良いかもしれないけど…)。著者、キャスリン・ハリソンによる、実父との近親相姦を背景にした“家族についてのノンフィクション”。たった1度のキスがすべてを変え、その後、母の死によって自分が実父から解放されるまで(本来の自分を取り戻すまで)が、静かに描かれている作品だ。(父を含めた)家族に対しての憎悪で終わっていないところに救いがあり、希望がある。後半10ページは好印象。

ちなみに「新潮クレスト・ブックス」シリーズの刊行が始まったばかりの頃に、新潮社から「来たるべき作家たち」(1998年)、「海外作家の文章読本」(1999年)という2冊のムックが発売されたんだけど、こういうブックガイド本、また出してくれないだろうか? この2冊がなかったら、正直、海外文学はあまりチェックしていなかっただろうな…と思えるくらい影響を受けた本。ポール・オースターとかティム・オブライエンを読むようになったのも、この本がきっかけ。 いい本だったな。

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2004.09.10

アフターダーク

アフターダーク
村上春樹著
(★★★★☆)

●関連本

こういう小説を読みたかったんだよな、とつくづく思う。阪神・淡路大震災の「神の子どもたちはみな踊る」の延長線にある小説であり(実際、ちょこっと阪神・淡路大震災についてのコメントが出てくる)、地下鉄サリン事件の「アンダーグラウンド」を通過したからこそできた小説。村上春樹が本当にやろうとしていることは、きっとまだまだ先にあると思うんだけど、その“通過点”のような感じも含めて良い小説だった。読後感が良い。是枝裕和の映画「誰も知らない」を観た後と似たような感じ。小説が終わっても、映画が終わっても、まだまだ終わっていない感じ。新しい1日はやってくる。

「アフターダーク」は、深夜から早朝までのできごとを19歳の女の子であるマリを中心に描かれる群像劇。そこに都会を自由自在に移動する“視線”が加わり、夜の町を俯瞰したりする。例えば、鳥と同じような“視線”から見た始発電車――。人々が早朝の儀式(ネクタイを着けると口紅を付けるなど)を終えて、それぞれの新しい1日が始まる時間が描かれる。私は、こういう風に見た都会の風景が大好きなのである。映画「誰も知らない」でも、ラストに東京モノレール(の始発?)を俯瞰するシーンがある。まだ、眠りから覚めていない都会のビルの隙間を静かに移動していくモノレール。ある人にとっては、ひどい1日になるかもしれない。けど、スバラシイ1日になるかもしれない。それは誰も分からない。取りあえず、昨日までの自分がリセットされ、新しい1日がスタートする時間。「アフターダーク」は、そういう夜明けを描いた小説である。

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2004.09.03

最後の言葉

最後の言葉
重松清著・渡辺考著
(★★★)

第二次大戦中、サイパンで、ガダルカナルで、ニューギニアで、ソロモンで戦死した日本人将兵たちの日記が見つかった。NHKのディレクターである渡辺考と作家である重松清がその日記を遺族に届ける――、というノンフィクション。大半を渡辺考が書き、はじめと終わりを重松清が書くというスタイル。矛盾を感じながらもアメリカと戦わざるをえない当時の状況は、想像はできても、私たちのの世代では、なかなか実感できない。戦場となったのはジャングルの中。死と隣り合わせの恐怖を感じながら、身体が次第に弱っていく。しかし、大本営発表の言葉を信じて、戦わなければならない状況。日記を読むと、戦っている人たちは、みんなと同じ普通の人だというのがよくわかる。私たちと何も変わらない。書かれているのは、家族のことであり、恋人のこと。しかし、そこには「もう会えない」という絶望や諦めも一緒に書かれている。何だろう、この覚悟は。つくづく思うのだが、こういう状況こそを「悲惨」というべきではないだろうか。大本営発表の「大きな言葉」ではなく、普通の人の「小さな言葉」が重くつきささる。と同時に、普通の人たちを動かす「大きな言葉」の怖さを感じる。

マイケルムーアの「華氏911」を見たばかりなので、重ね合わせるところ多し。気になったのはイラクに派遣されている米兵の言葉。やっぱり、普通の人なんだよな、と思わずにいられなかった。恐らく、自分の回りにいる、同僚や友達と何も変わらない人たちだ。そんな人たち動かしているのは、やはり「大きな言葉」。戦後60年が過ぎているのに、何も変わっていないのを目の当たりにすると、絶望的な気分にもなる。

しかし、冷静になって考えてみる。イチバン悲惨なのは誰か――。それは、戦場になっている現地の人たちではないだろうか? 攻撃される理由がない。60年前の太平洋の島々だって同じ、イラクだって同じ。自分が暮らしている場所が攻撃されたら、どう思うだろう。リアルに想像してみる必要があると思う。東京が「戦場のピアニスト」(ロマン・ポランスキー監督作品)に出てきた廃墟のような町になったらと、思うとゾッとする。

「最後の言葉」のラストで、この日記を若い世代に読んでもらおうと定時制高校に持っていくハナシがある。そこで重松清が書いている言葉が心に残った。以下、引用。

反戦メッセージ――? そこまでは考えていない。逆に、最初から「効果」を決めつけてしまうと、戦場で綴られた「小さな言葉」は結局別の意味での「大きな言葉」になってしまうんじゃないか、とも思う。

●今日のBGM SIM REDMONDBAND 「Shining Through」

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