2006.01.17

何だかうれしい

遅くなりましたが、今年、最初の書き込みはうれしいNEWSで。

第134回芥川賞が絲山秋子さんの「沖で待つ」に決定したそうだ。「袋小路の男」で、目を付けていた作家さんだけに、何だかうれしい。いやぁ、うれしいうれしい。…ハハハ。候補者の中では、松尾スズキばっかりが注目されていたので、余計にうれしい。ハハハ。

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2005.04.05

2005年本屋大賞

ちょいといろいろありましてなかなか更新ができておりませんが、もうしばらくしたら通常更新を再開したいと思っております。

さて、今年の本屋大賞が発表されました。公式サイトの写真、ブレていますが、そんなことはさておき、なんで直木賞にノミネートもされないのさ…と言われていたこの作品が受賞したようですね。いやはや、うれしいうれしい。未読の方は、ダマされたと思って、読んでおくんなまし。10代の頃に感じたいろいろなものがギュッと詰まっていますよ!

本屋大賞 2005
本の雑誌編集部編

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2005.02.21

ふしぎな図書館

fusigi

「新潮」3月号に掲載されている短編「偶然の旅人(東京奇譚集1)」の冒頭で、作者の村上春樹がひょっこり顔を出してきたので、ビックリした。顔を出した理由については、本人の口からこんな風に語られる。

過去に僕の身に起こったいくつかの「不思議な出来事」について、じかに語っておいた方が良いだろうと思ったからだ。

村上春樹自身に起きた「不思議な出来事」には大きく2種類ある。

(1)人生に多少なりとも変更をもたらすことになった出来事
(2)それによって人生がとくに影響を受けることはなかった出来事

そんな前置きをした上で、「偶然の旅人」の前口上として披露されるのは、(2)のタイプの「不思議な出来事」が2つ。共にジャズについてのハナシで、そういうこともあるんだぁ…と、しみじみ味わい深い“村上春樹らしい”エピソードである。

さて、ここでの本題は「ふしぎな図書館」。この「偶然の旅人」を読んだ直後だったためか、ちょっと深読みをしてしまった。というか、「こうやって読んだらより楽しいんじゃないか?」という読み方を見つけたのだ。既に誰かが指摘しているかもしれないけれど、「ふしぎな図書館」は、若き日の村上春樹自身に起きた出来事、すなわち、(1)のタイプの「不思議な出来事」なのではないだろうか、ということである。

いや、こんなこと(「ふしぎな図書館」のような出来事)が現実に起きるハズはない。分かっている。けど、そう思って読むと、より一層おもしろいじゃないか。そもそも「ふしぎな図書館」の元ネタは、「カンガルー日和」に収められている「図書館奇譚」。「東京奇譚集」と「図書館奇譚」、「ふしぎな図書館」と「不思議な出来事」。同じ時期に書店に並んでいるのだから、無関係なハズはない。どうだろう? いや、そう思っておこう。ダメ押しで、もう1文だけ「偶然の旅人」から引用しておく。

どうやら小説家だからというだけで、僕が口にする(書き記す)話はみんな多かれ少なかれ「作り話」であると見なされてしまうらしい。

「ふしぎな図書館」は、オスマントルコ帝国の税金のあつめ方について調べようとしていた「ぼく」が、図書館の地下室に閉じこめられてしまうハナシ。そこから逃げないと、脳みそを吸われてしまう。はたして脱出できるか…。ま、短いハナシなので、ストーリーを細かく説明するのはやめておくけれど、「ふしぎな図書館」は、「ぼく」の身に起きた「不思議な出来事」についてのハナシだ。

もう1つ。「トニー滝谷」との類似点も見逃せない。それはラスト。主人公が共に絶対的な孤独状態に置かれて物語は終わる。静かな世界にたった1人ぼっち。これまた異なるタイプのハナシなのだけど、「ふしぎな図書館」と「トニー滝谷」の読後感は不思議と似ている。

それにしても、毛虫壺。考えるだけで寒気がする。

ふしぎな図書館
村上春樹文・佐々木マキ絵
カンガルー日和(講談社文庫)
村上春樹〔著〕

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2005.02.04

ヒッチコック万歳!

HITCH

つい先日、DVDで元祖「ヒッチコック劇場」を見て以来、ヒッチコックの映画を見たくて見たくてたまらない病にかかってしまった。再発だ。十数年ぶりのヒッチコック熱。四六時中、ヒッチコックのことばかりを考えている。

小学生の頃だったか中学生の頃だったかすっかり忘れてしまったが、テレビ東京で「ヒッチコック劇場(新ヒッチコック劇場)」が放映されていた時期と同じ頃だったと思う。淀川長治の「日曜洋画劇場」でヒッチコックの映画が毎週のようにかかっていた。ヒッチコックが好きになったのはこの時期から。「裏窓」とか「めまい」とか「ハリーの災難」とか。日曜日が楽しみで楽しみでならなかった。何て面白いんだろうと思った。

例えば、今、HMVなどのCDショップに足を運ぶと、ヒッチコック映画のDVDが格安で売られていたりする。おかげで、物欲を刺激されまくり(HMVのサイトにて「Hitchcock」でキーワード検索してみるとたくさん出てきます)。何を隠そう、実は密かにコンプリートをたくらんでいるのだが、同じ作品が異なる値段で売られていたりするから油断は禁物だ。できるだけ安くコンプリートしたい。が、セルDVDというのは、機を逸すると、なかなか手に入らなくなるのを知っている。そうそう迷ってもいられない。「1枚買って1枚もらえる」シリーズで2,999円で売られていたかと思うと、同じ作品が990円で売られていたりするからムズカシイ。いやはや。

それはさておき、晶文社から刊行が始まった「植草甚一スクラップ・ブック」シリーズ。その第2巻のタイトルは「ヒッチコック万歳!」。こんな素敵なタイトルの本は、読まずにはいられない。ヒッチコックがどんなにエライ監督なのかを、植草甚一が愛情たっぷりに紹介したスバラシイ1冊だ。巻末にヒッチコック映画のリストが載っているのだけど、しめしめ、見たことのない作品がたっぷりある。楽しみが急に増えた気分になって、とにかくうれしい。

読むと「映画を見たくなる」という部分は重要だ。映画についての本なら、読んで見たくならないと魅力はないと言っても良い。本についての本なら読書欲を、音楽についての本なら音楽欲(←こんな言葉あるか?)を刺激してほしいのだ。それと同じ。で、「ヒッチコック万歳!」を読むと、無性にヒッチコック映画を見たくなる。スバラシイじゃないか。ついでにトリュフォーを見たくなる。さらにいえば、同時期に撮られた名作をたくさん見たくなる。物欲(DVDを買いたくなる)もかきたてられる。

例えば、警察と警察官が嫌いで、なおかつ卵が嫌いというエピソードが繰り返し紹介されている。ヒッチコックにまつわるただのハナシではない。それを読むと、よりヒッチコック映画が楽しめるように紹介されているのだ。だから、ストーリーを知っている作品でも、瞬きをせずにもう一度見たくなる。

植草甚一自身によるヒッチコックのインタビューも載っている。「人を驚かすご趣味はいつごろから?」と聞くと、ヒッチコックはこんな風に答える。

わしは実を言うと大変臆病なんである。(笑)従って小さいときから他人に驚かされつづけていたから、いまその仕返しをしているといえるかもしれない。

「嗚呼、ヒッチコックだなぁ」と、うれしくなってしまうやりとりじゃないか。

とにもかくもだ。この本を読んだら、何よりもイギリス時代のヒッチコック作品を見たくなってしまった。で、運良くというか、運悪くというか、今、「ヒッチコック英国劇場」と題されたDVD-BOXが売られている。この機会を逃したら絶対に後悔すると自分に言い聞かせ、あまり悩まずに購入してしまったが、散財がしばらく続きそうだ。

ヒッチコック万歳!(植草甚一スクラップ・ブック 2)
植草甚一著

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2005.02.01

白蛇教異端審問

hakuja

こきおろしのための文章に何の意味があるのだろう。そう思うことが時々ある。気にくわないのなら、はなから取り扱わなければ良いのに、ダメな理由だけを揚げ足取りのように書きつらねる。ホント、何の意味があるのだろう。受け手の1人として、そういう書評や映画評に出会うとガッカリする。私が好きな書評や映画評に共通しているのは「愛」。作家あるいは作品に対する愛が感じられるかどうか…それに尽きると言ってもよい。いってしまえば、愛があった上でのダメ出しならぜんぜんOKだ。

私は桐野夏生の作品をすべて読んでいるわけではないが、この「白蛇教異端審問」を読んで、今後はできる限りチェックしていきたい…という思いが強くなった。エラそうな言い方になってしまうが、「全面的に信頼してもいい」と思ったのだ。この本から伝わってくる桐野夏生の怒りは、小説や言葉に対する「愛」があってのもの。自分の文章に対して責任を持って仕事をしているのがよ~く分かる。私はこういう作家が大好きだ。プロなんだからそんなの当たり前じゃん…と思うかもしれないけれど、こういう風に感じさせてくれる作家は意外と少ない。

矢でも鉄砲でも飛んでこい
胸くその悪い男や女の前に
芙美子さんの腸を見せてやりたい

ラストに収録されているエッセイ(その名も「白蛇教異端審問」)の冒頭で紹介されているのが、林芙美子のこんな詩。桐野夏生は「腹を括って物を書くというのは、概ねこんな気分に近い」という。このエッセイで書かれているのは、腹を括っていない無責任な書き手に対する諦めに近い怒り。白蛇教とは「表現に命を懸ける者たちが信ずる宗教」のこと。「新潮45」に掲載された自作についての匿名批評やある書評家による揚げ足取り的批評に対して、小説の力、言葉の力を信じているからこそ、怒りが収まらない。一読の価値がある文章だと思う。

「白蛇教異端審問」は、桐野夏生にとって初のエッセイ集だそうだ。もともと興味のある作家ではあったけど、購入の決め手になったのは、森達也の「A」やサム・ペキンパーの「ガルシアの首」について書かれているのを見付けたから。意外なところで意外な名前が出てきて、うれしくなってしまったというわけだ。この本の中で、女子プロレスラー、北斗晶の「北斗晶自叙伝」についての書評が載っている。これこそ「愛」のある書評の見本ではないだろうか。普段は興味のないプロレスだが、私はこの本をメチャクチャ読みたくなってしまった。

白蛇教異端審問
桐野夏生

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2005.01.20

赤い長靴

akai

キャリアが長い女流作家というのは、どうしてこんなにも「うまい」のだろう。安心して読める。そして、どうしてこんなにも人間観察が鋭いのだろう。ちょっとした言葉に、思わずドキッとする。2~3年振りだろうか、江國香織を読むのは。

先日、読んだ絲山秋子の短編集「袋小路の男」は、うまいなぁって思うと同時に、新人作家ゆえの「若いなぁ(青いなぁ)」って感じもあったりする。例えば、表題作とその後日談「小田切孝の言い訳」では登場人物の描き方が変わる。正直に言うと、私は表題作と同じ描き方の「小田切孝の言い訳」を読みたかった(それは、表題作があまりにもしっくりきたから…)。だからというわけではないが、絲山秋子に対しては、もっともっとすごい小説を書くんだろうなぁという予感みたなものがあると同時に、この作品(袋小路の男)が到達点であってはほしくないなぁ…という「どこか安心し切れない感じ」もある(ま、言ってしまえば、この安心し切れない感じも魅力ではあるのだが…)。

江國香織の作品を安心して読めるのは、そういう時期を既に通り過ぎて、小説で描かれる世界が、自分のものとしてしっかりと確立しているからだ。日常の中に潜むちょっとした「不安さ」「危うさ」を描いていながら、小説としては全く揺るぎがない。うまいなぁと思う。

「赤い長靴」は、全14作からなる連作短編集。描かれているのは結婚10年目を迎える妻・日和子と夫・逍三の日常。ホント、特殊な出来事は全く描かれていない。例えば「今日はどんな1日だった?」と聞いたら、そのまま答として返ってきそうな日常。

この小説の中で、日和子からの一方通行な会話が繰り返し描かれている。2人の会話はなかなかかみ合わないのだが、そこで問題になるは、会話の内容そのものではなく、逍三の反応の仕方。いや、だいたいにおいて日常会話の内容になんかそれほど意味はないだろう。ようは相手の反応の仕方に一喜一憂する(したい)のである。で、同じ反応の仕方であっても、時にイライラしたり、時に幸せな気分になったりするから面白い。これこそが日常の面白さ。で、それがちゃんと描かれているから、うれしくなるのだ。結婚10年目、小さなスレ違いの連続。しかし、そこにある妙な安心感。

例えば、日和子が逍三に対してさんざんしゃべった後にいう、こんなセリフにドキッとする。

聞いてないのね?

…聞いてるってば! 思わずそう答えたくなる。「赤い長靴」の中で描かれているのは、誰もが今まさにどっぷり浸かっている日常そのもの。何気ないひと言、何気ない仕草から生まれてくる“感情(の変化)”。で、「その気持ち分かるなぁ」と共感すると、それがそのまま自分自身の日常に直結してくるだけに、ドキッとするわけだ。そう考えると、見透かされてるようで、う~ん、恐るべし江國香織。


赤い長靴
江国香織著

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2005.01.13

いのちの食べかた

inoti

理論社から刊行が始まった「よりみちパン!セ」シリーズ。中学生以上を対象としたYA(ヤングアダルト)向けの新書で、今後の刊行予定も含めて、著者を見てみると、なかなか興味深いラインナップだ。気になるところをあげていくと、重松清「みんなのなやみ」小熊英二「日本という国」北尾トロ「気分はもう、裁判長」…。そんな中、昨年の後半から気になって仕方がない森達也の著書もラインナップされていて、それが「いのち食べかた」。ここにきて、いろいろなところで取り上げられているけれど(「本の雑誌」最新号でも取り上げられていた)、いやぁ、理論社いいぞ! 森達也いいぞ! …と声を出して言いたくなる1冊。100%ORANGEの表紙も手に取りやすくて好印象。

「いのちの食べかた」。表紙を見て、タイトルを見て、勘のいい人なら、きっとどんなテーマの本なのか想像できるハズ。じゃ、考えてみよう。制限時間は20秒。

…と、ちょっと真似て書いてみたけれど、ようは、スーパーなどに並んでいるお肉は、どのような過程を経てそこに並んでいるのか…を掘り下げていく1冊。その過程で、どうしても避けることができない問題(同和問題など)を取り上げつつ、例えば、差別が差別を生むからくりを分かりやすく説明してくれる。森達也を読みたくなるのは、これらの問題を決して特殊なものとしては扱わずに、例えば、戦争が起きたりするのも根は同じところにあるとする姿勢が貫かれているところだ。「いのちの食べかた」でも、それは変わらない。

普段、何気なく食べているお肉。何も考えずに胃袋の中に入れるのではなく、ちょっと考えて、ちょっと調べてみる。それだけでも、いろいろ分かるし、多くのことを感じるわけだが、きっと、この「感じる」という部分が、人間らしく生きる上で必要なことなんだろうなって思うのだ。生きていることそのものが、そもそも誰かを傷つけていること…とする森達也は、だからこそ「考えること」が大切だと言う。考えないことには、何かを感じ取ることなどできない。「いのちの食べかた」は、森達也のフィルターを通したものの見方。随所に「制限時間は○○秒」というフレーズが出てくるのは、読者に「まずは自分で考えるのが大切であること」を伝えるため。シンプルで分かり切ったことかもしれないけれど、油断していると、ついつい思考を停止してしまうものだ。だからこそ、森達也のメッセージが重くのしかかってくる。

ここでは引用しないが、この本の中で引用されている、だまされることの責任について書かれた伊丹万作(伊丹十三のお父さん)の文章が印象に残る。

いのちの食べかた(よりみちパン!セ 03)
森達也著・100%Orange装画・挿画

出版社 理論社
発売日 2004.11
価格  ¥ 1,050(¥ 1,000)
ISBN  465207803X

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2005.01.07

袋小路の男

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「どんな映画が好き?」と聞かれたら、「何も起きない映画」と答えることにしている。いや、何も起きない映画なんて本当は存在しない(たぶん)。けど、それをいちいち説明するのは面倒なので、「何も起きない映画」と答えている。本当は「いろいろなことが起きる映画」が好きなのだ。他人から見れば、ただの平坦にしか見えない小さな心の振幅だって、本人にとってみれば、天地がひっくり返るくらい大きな出来事かもしれない。何かが起きているのである。ようは、そういうことを感じとれる映画が好きなのだ。けど、今回は映画のハナシではない。

袋小路の男
糸山秋子著

出版社 講談社
発売日 2004.10
価格  ¥ 1,365(¥ 1,300)
ISBN  4062126184

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素敵な小説だ。ずいぶん前から気になっていたんだけど、絲山秋子を読んだのは今回が初めて。「袋小路の男」は、表題作の他、「小田切孝の言い訳」「アーリオ オーリオ」の3編が収められた短編集。劇的な事件が起きるわけではなく、描かれているのはごく普通の日常、どこにでもいそうな人たちの普通の心情だ。言ってみれば地味。でも、それをグイグイ読ませる。

表題作は、袋小路に住む「あなた」を思い続けた「わたし」の12年間のハナシ。それ以上でもなく、それ以下でもなく、ひたすら「あなた」を思い続ける。決して波瀾万丈の人生ではなく、赤の他人から見れば、メチャクチャ小さな心の振幅が連続する日々。グイグイ読めるのは、そんな小さな心の振幅が、ある時は事件として、ある時はかけがいのない大切なものとして描かれているから。分かるんだよなぁ、こういう感じって。小さな心の振幅を大切にしている作家は全面的に信頼しても良い。読んでいると、もどかしく感じる人がいるかもしれないけれど、私なんぞは、みんなも、意外とこんな感じなんじゃないかなって思っていたりもする。何か思いを秘めているというか。とにもかくにも、どこにもでもいそうな普通の人の心情が、こんな風に素敵に描かれていると、たまらなくうれしくなる。

ちょっと長い引用になるけれど、例えば、こんなフレーズがいい。

出会ってから十二年がたって、私達は指1本触れたことがない。厳密にいえば、割り勘のお釣りのやりとりで中指が触れてしびれたことがあるくらい。手の中に転がりこんできた十円玉の温度で、あなたの手があたたかいことを知った。

ホント、それ以上でも、それ以下でもないんだけど、しっかり読ませるのだ。読後感も良い。す~っと心に染みこんでくる。

「袋小路の男」は、第30回川端康成文学賞を受賞した作品。読んだことのない作家の本を手に取る時、ひとつの目安にしているのが、何か賞を取っているかどうか。ツマラナイ作品に賞を上げることは考えられないので、外れる可能性が少ないというわけ。今回も、この本を手に取る最終的なきっかけは、賞を取っていることだったりする。で、大当たり!

表題作の続編「小田切孝の言い訳」もいい雰囲気のハナシだし、中年(?)と中学生との交流を描いた「アーリオ オーリオ」もナイス。思わず夜空を見上げたくなる短編で、久しぶりにプラネタリウムに行きたくなってきた。

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2005.01.03

キノベス2004

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紀伊國屋書店で見つけた小冊子「キノベス2004」。紀伊國屋書店のスタッフが選んだ面白本ベスト30が紹介されているのだけど、1位は「本の雑誌」のベスト10と同じ。ランクインしている本の多くは、2004年に話題になった本なので、それほど目新しさはないけれど、こういう小冊子はうれしいなぁ。だって、本をたくさん読みたくなるから。紀伊國屋書店はエライ!

面白かったのは「思えば、予告編が好きだった」で始まる恩田陸の特別寄稿。ゴールデン洋画劇場などの番組の最後で、2か月分の放送予定を一気に紹介することがあるけれど、それを見ている時が最もワクワクしたという話。分かるなぁ。私も金曜ロードショーで「刑事コロンボ」の予告を見るのが大好きだだったし…。そういえば、恩田陸の小説を読んでいると、ときどき壮大な予告編を読んでいるように感じることも…。

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2004.12.31

勝手にベスト10【読書編】

大晦日ということで1年を振り返る企画第3弾。独断と偏見の2004年ベスト10、読書編です。一部、昨年リリースの作品が入っていたりしますが、その辺はご了承を…。

刑事コロンボ完全事件ファイル


出版社 宝島社
発売日 2004.03
価格  ¥ 1,500(¥ 1,429)
ISBN  4796639276

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●1位:刑事コロンボ完全事件ファイル/別冊宝島
今年イチバン夢中になって読んだ本はコレです。クラシックコロンボを愛してやまない方は必読。
●2位:猫にかまけて/町田康
もっともっと評価されていい1冊。ただの猫本だと思っている方は、ダマされたと思って読んでみる価値アリ。
●3位:旅をする裸の眼/多和田葉子
待っていただけありました。「容疑者の夜行列車」でやられた方は、この本でもきっと陶酔できるハズ。
●4位:夕凪の街 桜の国/こうの史代
12月に入っていろいろなところで話題になっていますが、やっぱり外せません。映画「父と暮せば」とセットでぜひ。
●5位:夜のピクニック/恩田陸
多くの人にすすめたい青春小説の傑作。ただ歩くだけの小説なのに、いろいろなものが詰まっています。
●6位:チェチェン やめられない戦争/アンナ・ポリトコフスカヤ
イラクやチェチェンがこんな状況だからこそ読んでおくべき1冊。アンナ・ポリトコフスカヤを応援したいと思います。
●7位:世界のすべての七月/ティム・オブライエン
「本当の戦争の話をしよう」のティム・オブライエンの新作。ベトナム戦争時代に青春時代を過ごした人たち30年後。
●8位:アフターダーク/村上春樹
やっぱり村上春樹の新作は何よりも優先して読みたくなってしまうんですよね。次の長編が楽しみ。
●9位:戦争の世紀を超えて/森達也・姜尚中
森達也はたくさん読みました。すべてランクインさせたかったのですが、あえてあげるならコレ。感想は後日。
●10位:茶色の朝/フランクパヴロフ
ニュースを見ていると、「嗚呼、茶色くなっているなぁ」って感じることがあります。昨年の本ですが、ランクイン。

……てな感じですが、つい先日、読み終えた打海文三「裸者と裸者」や絲山秋子「袋小路の男」もなかなか印象深い作品。後日、じわじわくる可能性があります。町田康は「パンク侍、斬られて候」もランクインさせたかったのですが、こちらはいろいろなところで評価されているようなので、あえて「猫かま」にしました。

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