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2005.01.07

袋小路の男

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「どんな映画が好き?」と聞かれたら、「何も起きない映画」と答えることにしている。いや、何も起きない映画なんて本当は存在しない(たぶん)。けど、それをいちいち説明するのは面倒なので、「何も起きない映画」と答えている。本当は「いろいろなことが起きる映画」が好きなのだ。他人から見れば、ただの平坦にしか見えない小さな心の振幅だって、本人にとってみれば、天地がひっくり返るくらい大きな出来事かもしれない。何かが起きているのである。ようは、そういうことを感じとれる映画が好きなのだ。けど、今回は映画のハナシではない。

袋小路の男
糸山秋子著

出版社 講談社
発売日 2004.10
価格  ¥ 1,365(¥ 1,300)
ISBN  4062126184

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素敵な小説だ。ずいぶん前から気になっていたんだけど、絲山秋子を読んだのは今回が初めて。「袋小路の男」は、表題作の他、「小田切孝の言い訳」「アーリオ オーリオ」の3編が収められた短編集。劇的な事件が起きるわけではなく、描かれているのはごく普通の日常、どこにでもいそうな人たちの普通の心情だ。言ってみれば地味。でも、それをグイグイ読ませる。

表題作は、袋小路に住む「あなた」を思い続けた「わたし」の12年間のハナシ。それ以上でもなく、それ以下でもなく、ひたすら「あなた」を思い続ける。決して波瀾万丈の人生ではなく、赤の他人から見れば、メチャクチャ小さな心の振幅が連続する日々。グイグイ読めるのは、そんな小さな心の振幅が、ある時は事件として、ある時はかけがいのない大切なものとして描かれているから。分かるんだよなぁ、こういう感じって。小さな心の振幅を大切にしている作家は全面的に信頼しても良い。読んでいると、もどかしく感じる人がいるかもしれないけれど、私なんぞは、みんなも、意外とこんな感じなんじゃないかなって思っていたりもする。何か思いを秘めているというか。とにもかくにも、どこにもでもいそうな普通の人の心情が、こんな風に素敵に描かれていると、たまらなくうれしくなる。

ちょっと長い引用になるけれど、例えば、こんなフレーズがいい。

出会ってから十二年がたって、私達は指1本触れたことがない。厳密にいえば、割り勘のお釣りのやりとりで中指が触れてしびれたことがあるくらい。手の中に転がりこんできた十円玉の温度で、あなたの手があたたかいことを知った。

ホント、それ以上でも、それ以下でもないんだけど、しっかり読ませるのだ。読後感も良い。す~っと心に染みこんでくる。

「袋小路の男」は、第30回川端康成文学賞を受賞した作品。読んだことのない作家の本を手に取る時、ひとつの目安にしているのが、何か賞を取っているかどうか。ツマラナイ作品に賞を上げることは考えられないので、外れる可能性が少ないというわけ。今回も、この本を手に取る最終的なきっかけは、賞を取っていることだったりする。で、大当たり!

表題作の続編「小田切孝の言い訳」もいい雰囲気のハナシだし、中年(?)と中学生との交流を描いた「アーリオ オーリオ」もナイス。思わず夜空を見上げたくなる短編で、久しぶりにプラネタリウムに行きたくなってきた。

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