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2004.12.25

霧の中の風景

kiri
霧の中の風景@ユーロスペース(11月28日)

監督:テオ・アンゲロプロス
主演:ミカリス・ゼーケ/タニア・パライオログウ
(1988年/ギリシア=フランス/125分)

ずいぶん前のハナシになってしまうが、「旅芸人の記録」を見た翌日、自然と足がユーロスペースへと向かっていた。テオ・アンゲロプロスの「霧の中の風景」を見るために。朝イチの上映、席に座り、しばしアンゲロプロスの映画世界に浸る。1970年代のアンゲロプロス映画と、1990年代のアンゲロプロス映画をつなぐかのような、1988年の作品。

この映画には、あの旅芸人一座が出てくる。「旅芸人の記録」の記憶が鮮明な時に見たので、一座の面々のセリフが1つ1つ重くつきささってきた。一座は、まだ同じ芝居(羊飼いの少女ゴルフォ)を演じ続けているのだが、時代設定がグンと現代に近くなった「霧の中の風景」では、芝居を演じる場所がない。「旅芸人の記録」で政治に翻弄された一座は、「霧の中の風景」では、人々に受け入れられなくなっているのである。同じ芝居だけを演じ続ける一座に対して、時代はあまりにも残酷だ。港で、衣装やなにやらを、一座が売りに出してしまうシーンは、とてつもなく切ない。

「霧の中の風景」はシンプルなハナシだ。二人の私生児(姉のヴーラと弟のアレクサンドロス)が、(本当にいるかどうか分からない)父親に会うために、ギリシアからドイツへと向かうハナシ。子供を主人公にした兄弟映画といえば、真っ先に「誰も知らない」を思い出すけれど、「霧の中の風景」もまた、優れた兄弟映画である。ヴーラの“姉”として何とかしなければならないという感じが、ひしひしと伝わってくる。「誰も知らない」の柳楽優弥の長男感と、ヴーラの長女感。私自身も3人兄弟の長男なので、「(周りがどうであれ)とにかく何とかしなければならない」という感じが、感覚としてものすごく分かるのだ。

子供にとって世界は未知の存在。そもそも、それがどんな世界なのかは興味の対象ではない。目の前にあることがすべて。父親に会いたいと思ったら、それがすべてなのである。だから、そんな二人の行動を見ていると、思わず「危ないからやめようよ」と声をかけたくなってしまうのだが、二人にはそんな声は聞こえない。旅の過程で、さまざまな危険に遭遇し、悲惨な体験をするにもかかわらず、父親に会いたいという思いはゆるぎないのだ。

ラストシーンは印象的だ。サーチライトの明かりを避けつつ、小さな舟で川を渡る。銃声。「無事でいてくれよ」と願いつつも、さまざまな解釈を残して、映画は終わる。

●「霧の中の風景」のDVDは「テオ・アンゲロプロス全集DVD-BOXⅢ」に収録
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コメント

初めまして、弓木といいます。
『霧の中の風景』、僕も大好きで、今年も再見してしまいました。僕のベスト5に入る映画。でもむかし初めて観たときは、自分も劇中の姉弟にシンクロしすぎて、あまりに傷ついてしまい、とても冷静な評価などできなかったことを思い出します。
なおご批判の『ハウル』については、僕はタルコフスキーの『サクリファイス』を評価するのと同じ意味で、評価します。これはよろしければウチのほうご覧ください。

投稿: 弓木 | 2004.12.26 08:55 午後

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